9話
翌朝、リルドは昨日の約束通り、作り直した「回復ポーション(小)」を一本だけ手に持ってギルドへと足を運んだ。
「おはよう、受付さん。これ、昨日の分だよ」
「おはよう、リルドさん。律儀ね、本当に一本だけ持ってきてくれるなんて。はい、確かに受け取ったわ」
無事に納品を済ませ、リルドはいつものように掲示板の前へと向かう。今日の気分は、少しだけ体を動かす仕事。ボードの最下段、端の方で丸まっている依頼札をそっと剥がした。
「ええと……【Fランク討伐:ウルフ】か。ちょうど街外れの草原にいたし、散歩ついでにいいかな」
リルドはその紙を持って再び受付へ。
「リルドさん、次は討伐? ウルフ一匹だけど、珍しくやる気ね」
「うん、最近ちょっと草原の草が伸びてて歩きにくいから、ウルフをどかしながら道でも作ろうかと思って」
「道を作るついでに討伐なんて、あなたらしいわね。気をつけてね」
受付嬢の送り出す声に「はーい」とゆるく手を振り、リルドは草原を目指して歩き出した。
街の外に広がる草原は、太陽の光を浴びて黄金色に輝いている。リルドは鼻歌を歌いながら、生い茂った草をなだめるように歩いていく。
「さて、ウルフはどこかな……。あ、いたいた」
前方の草むらから、低い唸り声と共に一匹のウルフが飛び出してきた。本来、Fランク向けのウルフは一対一なら新人でも倒せる相手だ。しかし、今日現れたのは、群れからあぶれて凶暴化した、通常よりも二回りほど大きい個体だった。
ウルフは鋭い牙を剥き出しにして、リルドの喉元へ向かって跳躍する。
「おっと、危ないなぁ。そんなに勢いよく飛び出すと、足元の花を踏んじゃうよ」
リルドは避ける動作すら最小限に、手にしたボロボロの鞘で、空中のウルフの腹部を「ぽん」と優しく叩いた。
その瞬間、ウルフはまるで見えない壁にぶつかったかのように勢いを殺され、そのまま草原の柔らかい草の上へゴロンと転がった。内臓を傷つけず、神経だけを一瞬で麻痺させる神業。ウルフは気絶し、安らかな寝息を立て始めた。
「よし、これで依頼達成。ついでにこの辺りの草も、歩きやすいように整えておこう」
リルドは落ちていた枝を使い、ウルフを安全な木陰まで「よいしょ」と引きずっていくと、そのまま草原の真ん中で大の字に寝転がった。
「……ああ、風が気持ちいい。やっぱり、高いランクの依頼を受けてあくせく働くより、こうして雲を眺めてる方が僕には合ってる」
リルドが草原でうたた寝をしていると、遠くで「ウルフの討伐はどうした!」と叫ぶ新米冒険者たちの声が聞こえたが、彼はそれを子守唄代わりに深い眠りに落ちていった。
夕刻、リルドはギルドに戻り、討伐完了の証明(といっても、ウルフの耳の毛を一本抜いてきただけだが)を提出した。
「お疲れ様。ウルフ一匹でこんなに時間がかかるなんて、途中でまたお昼寝してたでしょ?」
受付嬢が笑いながら銅貨を渡す。
「バレちゃった? でも、今日の雲は本当に形が面白かったんだよ」
リルドは報酬の銅貨をポケットでチャリンと鳴らし、満足げにギルドを後にした。
途中のパン屋で、焼きたての香ばしいパンを一つ。
これが彼にとって、どんな勲章よりも価値のある「冒険の成果」だった。
今夜は、昨日よりも少しだけふかふかになったクッションで、ゆっくり本を読もう。
リルドののんびりとした日常は、明日もまた、変わらずに続いていく。




