88話
翌朝、ギルドの扉を潜ると、そこはすっかり「文学の秋」ならぬ「文学の冬」の様相を呈していた。
「あのシーンの騎士の台詞、痺れたよなぁ! まさにロマンスの極みだ!」
「いや、冒険小説のあの伏線回収こそ至高だぞ」
そんな熱い議論を横目に、リルドは掲示板の隅へと指を伸ばす。そこには、昨日のポエム依頼の隣に、また別の、さらに難解な一節が綴られた依頼札があった。
『焼けいく物ありけり、されどもそれは誰にも見向きされない』
「……また不思議な文面だね。でも、なんだか放っておけないな」
リルドは少し首を傾げながらも、面白そうにその札を剥がし、受付へ持っていった。
「おはよう、受付さん。これ、受けてくるよ」
「おはようございます、リルドさん! ……うわあ、またそんな難解なものを。これ、火災の跡地の調査か何かだと思われて、誰も受けてくれなかったんですよ。気をつけてくださいね」
リルドは街を歩きながら、依頼書をじっと見つめた。
かつて埋め尽くした「言語理解」と「鑑定」のスキル、そして何より彼自身の深い洞察力が、言葉の裏側を透かし見る。
(「焼けいく物」……普通なら火を連想するけれど、「誰にも見向きされない」ということは、派手な炎じゃない。……夕陽に焼かれる古い石像か、それとも……)
ふと、リルドは街の北端にある、今は使われていない古い炭焼き小屋の跡地を思い出した。そこには、役目を終えて放置された「炭」が、かつての熱を失ったまま静かに朽ちている。
跡地に到着したリルドは、崩れた窯の隅に、真っ黒く焼け焦げたまま、しかし奇跡的に美しい形を保っている「木炭の原木」を見つけた。
それは光の当たり方によって、宝石の黒曜石のように鈍く輝いている。
「……誰も見向きもしないけれど、確かに一生懸命『焼けて』、今の形になったんだね」
リルドはそれを丁寧に布で包むと、かつてがむしゃらだった頃に身につけた「魔力付与」を指先からほんの一滴だけ垂らした。すると、炭の表面に、まるで生きているかのような温かな光が宿った。
リルドがギルドへ戻ると、受付の前で一人の疲れ果てた表情の老人が、掲示板を恨めしそうに眺めていた。
「ただいま、受付さん。依頼の『焼けいく物』、持ってきたよ」
リルドが包みを開き、その輝く炭を差し出すと、老人は震える手でそれを手に取った。
「……これだ。私が若かりし頃、最高の炭を焼こうとして失敗し、そのまま放置してしまった情熱の成れの果てだ。誰にも見向きされず、ただ朽ちるのを待っていた私の人生の象徴……。まさか、こんなに美しく持ち帰ってくれるとは」
老人は涙を流しながら、リルドに深く頭を下げた。
「君のような若者が、私の過去に光を当ててくれるとは……本当に、ありがとう」
ギルド中の冒険者たちが、その光り輝く炭と、それを持ってきたリルドの姿に圧倒され、しばし静まり返る。
「あはは、僕はただ、そこにあった素敵な物を見つけただけですよ」
リルドは報酬を受け取ると、照れくさそうに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、あの炭のように温かい暖炉の前で、ゆっくりと物語の続きでも読もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、捨てられた過去に温もりを添えて、穏やかに更けていく。




