87話
翌朝、リルドがギルドの扉を開けると、そこには昨日までの「怪力」への驚きなど霧散したかのような、平和な(あるいは少し偏った)喧騒が広がっていた。
「おい、最新のロマンス小説読んだか? 騎士と令嬢の身分違いの恋が熱すぎるぜ!」
「それもいいが、最近は『女体化小説』ってのが流行ってるらしいぞ。魔法の事故で男が女に……っていう、なんとも業の深い設定でな」
そんな冒険者たちの談義を耳に流しながら、リルドは掲示板の端っこ、ひときわ異彩を放つ依頼札を見つけた。
『美しさは罪なものである。それは時には女性にもなれてしまう。だがそれは幻想に過ぎない。美しさとはなんぞ?』
「……ポエム、かな。でも、なんだか放っておけないね」
リルドはその札を剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。これ、受けてもいいかな?」
「おはようございます、リルドさん! ああ……それ、何週間も前からずっとあるやつなんです。私も内容がよく分からなくて放置していたんですけど……リルドさん、正体が分かります?」
「うーん……これだけ抽象的だと、特別な『花』か、あるいは答えが書かれた『本』だと思うんだよね。ちょっと探してくるよ」
リルドはまず、馴染みの花屋を訪ねた。
「おじさん、女性と見紛うほど美しく、幻想的な花って心当たりあるかな?」
「うーん、それなら『月光の幻影』だが、今は季節外れだなぁ。花ではないかもしれんぞ」
次に向かったのは、古びた本屋だった。リルドは「言語理解」の感覚を研ぎ澄ませ、書棚の奥深くを眺める。すると、一冊の薄汚れた詩集が目に留まった。
そのタイトルは――『美徳の仮面』。
中を開くと、依頼書と全く同じ一節が記されていた。どうやらこれは、ある失われた悲恋の物語の序文だったようだ。
「(……なるほど、これが『美しさとはなんぞ?』の答えを探す鍵だね)」
リルドはその本と、花屋で見つけた「一番その詩のイメージに近い一輪の百合」を手に、ギルドへ戻ることにした。
ギルドに戻り、受付で報告をしようとしたその時。カウンターの横で、一人の初老の紳士が困り顔で立っていた。
「ただいま、受付さん。依頼の答え、持ってきたよ。……あ、もしかして、あなたが依頼主の方ですか?」
リルドが本と百合を差し出すと、紳士は目を見開いて絶句した。
「……おお! まさにこれだ! 亡き妻が好きだった詩集と、彼女が愛した百合……。私の拙いポエムから、よくぞここまで辿り着いてくれた。君のその洞察力、そして……君自身のその立ち居振る舞いこそ、まさに『美しさ』の答えそのものだ」
紳士は感激し、リルドの手を握って何度も感謝を述べた。受付嬢も「まさか本当に解決しちゃうなんて……」と呆然としている。
「あはは、本の中に答えがあっただけですよ。お役に立ててよかったです」
リルドは紳士から丁重な報酬(と、なぜか「君をモデルにした小説を書きたい」という熱烈な勧誘)を受け取ると、いつものようにふわりと微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、今日見つけた詩集の続きを読みながら、静かに紅茶でも楽しもうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、ポエムの謎を優雅に紐解いて、穏やかに更けていく。




