86話
翌朝、リルドがギルドの扉を開けると、そこにはいつも通りの、どこか呑気な空気が漂っていた。
「おい、この間出た『ソーズメン』の新刊見たかよ? 伝説の剣士の正体がまさかの……」
「いや待て、まだ読んでないんだ! ネタバレはやめてくれ!」
そんな冒険者たちの日常的なやり取りを微笑ましく聞きながら、リルドは掲示板の端っこ、少しインクの滲んだ依頼札に目を留めた。
「……『安心魔力ポーションの作成』、か。お散歩のついでに調合するのも楽しそうだね」
リルドはその札を剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこれを作ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。あ、それは初心者向けの優しいポーションですね。効果は控えめですが、副作用がなくて使いやすいと評判なんです。材料はお任せしますね」
リルドは街外れの丘へと向かった。
「視野拡大」で、魔力の含有量が安定している『平穏草』と『清流の雫』を丁寧に見つけ出す。がむしゃらだった頃に埋め尽くした魔術・調合スキルの知識を使えば、最高級のポーションも作れるが、今のリルドは依頼の通り「安心できる」優しい品質を目指した。
森の木陰に即席の錬金器具を用意し、鼻歌を歌いながら調合を開始する。
「(……美味しく、元気になれるようにね)」
リルドの指先から、ほんの少しだけ温かい魔力が流れ込む。出来上がったのは、夕焼けのような淡いオレンジ色をした、リンゴの香りがするポーションだった。
ポーションを瓶に詰めて街へ戻る途中、道端でうずくまっている大柄な冒険者を見かけた。
「うぅ……足が、動かねぇ……」
見れば、訓練のしすぎか、あるいはただの激しい筋肉痛か、完全に足が攣って動けなくなっている。
「やあ、大丈夫? 街までなら僕が運んであげるよ」
「あぁ? お前さんみたいな細身の奴に、俺を担げるわけが……」
言いかけた男の言葉を遮るように、リルドは「よっと」と軽く声を出し、自分より二回りも大きな男を軽々と、それこそ羽毛でも扱うかのように肩に担ぎ上げた。全盛期のスキルツリーが埋まっているリルドにとって、人間の体重などあってないようなものだ。
「え、ええええええ!? お前、何なんだその力は!?」
「あはは、お散歩の途中で力持ちの小鳥さんに助けられたことがあるから、その真似だよ」
困惑し叫ぶ男を肩に乗せたまま、リルドは涼しい顔でギルドまで歩き通した。
夕刻、リルドは担いできた男をギルドのソファにそっと下ろし、受付へと向かった。
「ただいま、受付さん。ポーション、作ってきたよ。あと、道で拾った彼をよろしくね」
「おかえりなさい! ……えっ、リルドさん、またそんなに大きな人を担いできたんですか!? 受付より、そのポーションの検品より先に、周りの冒険者たちが『怪力美青年降臨』って騒ぎ出してますよ!」
「あはは、ただの肩貸しだよ。はい、これがポーション。リンゴの香りにしておいたから」
リルドは報酬を受け取ると、呆然としている大男に軽く手を振り、ギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、ポーションの味見をしながら、ゆっくりお風呂で筋肉をほぐそうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、隠しきれない超人的な力を「お散歩の愛嬌」に変えて、穏やかに更けていく。




