83話
翌朝、リルドは窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました。庭に出ると、いつもの猫が欠伸をしながら近寄ってくる。
「おはよう。今日もいいお散歩日和になりそうだね」
猫の喉を撫でてから、リルドはギルドへと向かった。
ギルド内は相変わらずの賑やかさだが、リルドは喧騒を避けるように掲示板の隅へ。そこで見つけた『薪になる木の納品』と『布の納品』の依頼札を剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ。布は市場で選んでくるね」
「おはようございます、リルドさん。薪の方は少し重いですが、無理しないでくださいね。いってらっしゃい!」
リルドはまず街外れの森へと向かった。
「視野拡大」で乾燥具合の良い枝を見定め、手際よく薪を集めていく。かつて全盛期に鍛えた筋力やスキルは、これくらいの重さを微塵も感じさせない。必要本数を揃えて束にすると、リルドはそれを軽々と背負い、次は市場へ向かった。
市場では、お散歩のついでに手触りの良い丈夫な布を厳選して購入した。
「よし、これで全部だね」
荷物を抱えてギルドへの帰り道を歩いていると、背後から凄まじい勢いで走ってくる足音が聞こえた。
「どけ! どいてくれ! 緊急事態だ!」
血相を変えて走ってきたのは、がっしりとした体格の冒険者だった。彼はリルドの横を通り過ぎるかと思いきや、何を思ったかリルドをひょいと持ち上げ、そのまま「お姫様抱っこ」の状態で走り出した。
「えっ!? なになに!? ちょっ、下ろして……!」
「いいから黙ってろ! 時間がないんだ!」
突然のことに、抱えられたままのリルドは目を白黒させる。通りすがりの別の冒険者が「おい! その人を下ろしてやりなさい!」と並走しながら制止するが、男は「これは緊急なんだ!」と叫んで聞く耳を持たない。
(……ええと、僕、別に怪我もしてないし、薪も布も持ってるんだけどな……)
リルドは暴れて荷物を落とさないよう気を配りつつ、されるがままにギルドまで運ばれていった。
ギルドの扉が勢いよく開かれ、リルドを抱えた男が受付に滑り込んだ。
「ハァ……ハァ……! 連れてきたぞ! この綺麗な……いや、この人を!」
「……えっ、リルドさん!? 何があったんですか、その格好!?」
受付嬢が驚きで立ち上がると、男は息を切らしながら言った。
「いや……さっきの依頼主の老婆が『とにかく美しくて力持ちの天使を連れてきてくれ、重い棚を動かしたいんだ』って泣きついてきて……見かけた瞬間、こいつしかいないと思って!」
「……棚を動かすなら、普通に筋肉自慢の男の人を呼べばよかったんじゃ……」
リルドが苦笑いしながら地面に降りると、ようやく周囲も「なんだ、ただの勘違いか」と笑いに包まれた。
「お騒がせしました。はい、これ、依頼の薪と布だよ。……あ、お婆さんの棚なら、納品が終わった後で僕が行ってくるよ。お散歩のコースを変えるだけだからね」
リルドは報酬を受け取ると、呆然としている男に「運んでくれてありがとう」と軽く手を振り、お婆さんの家へと向かった。
「さて、僕も今夜は、少し早めにお風呂に入って、横抱きにされた疲れ(?)を癒そうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も予測不能なドタバタに巻き込まれながら、穏やかに更けていく。




