8話
翌朝、リルドはいつもより少しだけ早くギルドを訪れた。
朝の光が差し込む館内には、これから大きな依頼に向かう冒険者たちの熱気が漂っている。
リルドはそんな喧騒には加わらず、依頼ボードの端っこ、少し色あせた紙が貼られている場所へ足を向けた。
「……これこれ。ちょうどいいのがあった」
彼が剥がしたのは、『回復ポーション(小)の納品』という依頼札だ。
この依頼は、新人冒険者が薬草採取のついでに受けるような、ごくありふれたもの。報酬も安く、腕に覚えのある者は見向きもしない。
リルドはその紙を手に、受付へと向かった。
「おはよう、受付さん。今日はこの依頼をお願いしようかな」
受付嬢はリルドの顔を見て、ふっと表情を和らげる。
「おはよう、リルドさん。また随分と可愛らしい依頼を選んだわね。ポーション(小)を五本でいいのかしら?」
「うん。家の近くにいい薬草が育ってる場所を見つけたから、ちょうどいいと思って」
スタンプを押してもらったリルドは、軽やかな足取りでギルドを出た。
リルドは街外れの森の入り口、日当たりの良い斜面に座り込んだ。
そこには「癒やし草」という、どこにでもある薬草が群生している。
普通、ポーション作りには専用の設備が必要だが、リルドは腰のポーチから小さな乳鉢と、使い古した空き瓶を取り出した。
「さて、まずは不純物を丁寧に取り除いて……」
彼は指先で、薬草の葉脈を撫でるようにして必要な成分だけを抽出していく。
その指先の動きは、精密機械よりも正確だ。彼が少し「念」を込めるだけで、ただの薬草はみるみるうちに濁りのない、透き通った緑色の液体へと変わっていく。
実はこれ、最高級のポーションを作る際に行われる「魔力付与」という技術なのだが、リルド本人は「おまじない」程度の認識で、のんびりと作業を続けていた。
作業の合間、リルドが空を見上げて「いい雲だなぁ」と眺めていると、森の中からボロボロになった冒険者の若者が二人、転がり出てきた。
「はぁ、はぁ……っ! 嘘だろ、あんなところに『キラーアント』の巣があるなんて……」
彼らはDランクに昇級したばかりの新人だった。手足には深い切り傷があり、出血もひどい。
リルドは「おや、大変そうだ」と呟き、出来立てのポーションを一本手に取って、ひょいひょいと駆け寄った。
「君たち、大丈夫? よかったらこれ、使ってよ」
「え……? 悪いな、Fランクの。助かるよ……」
若者は半信半疑で、リルドから渡された安物の瓶に入ったポーションを傷口に振りかけた。
その瞬間、若者たちの傷口がシュワリと光を放ち、一瞬で塞がった。
「なっ……!? なんだこれ、一瞬で痛みが消えたぞ! お前、これ本当に(小)ポーションか!?」
リルドは首を傾げた。
「え? うん、僕がさっきそこで作った(小)だよ。ちょっと鮮度が良かったのかもね」
若者たちが呆然としている間に、リルドは「お大事にねー」と手を振り、残りの四本を籠に入れて立ち去った。
変わらない贅沢な帰り道
夕方、ギルドの窓口に四本のポーションが並べられた。
「はい、納品だよ」
「お疲れ様。……あれ? リルドさん、依頼は五本だったはずだけど、一本足りないわよ?」
受付嬢が不思議そうに尋ねると、リルドは照れくさそうに頭を掻いた。
「あはは、途中で転んじゃった人に一本あげちゃって。また明日、作って持ってくるよ」
「もう、相変わらずお人好しなんだから。はい、今回の報酬よ」
受け取ったのは、わずかな銅貨。
けれど、リルドはその銅貨で市場の美味しい焼き菓子を買えることが、何よりも嬉しかった。
帰り道、彼は夕焼けを見上げながら、自分だけのペースで歩く。
たとえ彼が作ったのが、伝説の聖女が作る「エリクサー」に匹敵する効能を持っていたとしても、彼にとっては「誰かの傷を癒やすための、ちょっといいポーション(小)」でしかなかった。
今夜は焼き菓子を食べながら、明日の石拾いの計画でも立てよう。
リルドの穏やかな時間は、明日もまた続いていく。




