76話
翌朝、リルドは窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました。大きく伸びをして庭に出ると、いつもの場所で丸まっていた猫が「おはよう」と言うように小さく鳴く。
「おはよう。今日もいい天気になりそうだね」
リルドは猫の頭を優しく撫でてから、身支度を整えてギルドへと向かった。
ギルド内は、昨日「旧市街の魔獣が消えた」という怪現象の話題で依然として持ちきりだったが、リルドはそんな喧騒には加わらず、掲示板のいつもの位置にある依頼札を手に取った。
「今日はこれにしようかな。のんびり歩きたいしね」
彼が剥がしたのは、最も基本的な『薬草採取』の一枚。
「おはよう、受付さん。今日は薬草を摘んでくるよ」
「おはようございます、リルドさん! はい、受理しました。昨日の今日でそんなに落ち着いていていいんですか……? まあ、リルドさんらしいですけどね。いってらっしゃい!」
リルドは鼻歌を歌いながら、街外れの森へと足を踏み入れた。
新調した長靴が心地よく地面を叩く。彼は「視野拡大」を使い、落ち葉の陰に隠れた上質な薬草を見つけ出しては、一つずつ丁寧に摘み取っていった。
「うん、今日の薬草はどれも元気だ。いいお茶になりそうだね」
籠がいっぱいになる頃、リルドは木陰で少し休憩することにした。彼が座ると、周囲の空気がふわりと穏やかに凪いでいく。
採取を終えてギルドへの道を歩いていると、道端の大きな水たまりの横で、一匹の大きな蛙と目が合った。
その蛙は微動だにせず、じっとリルドを見つめている。
「やあ、こんにちは。君も日向ぼっこかい?」
リルドが声をかけると、蛙は「ケロリ」と一鳴きして、リルドの足元にポトリと何かを吐き出した。それは泥にまみれていたが、よく見ると鈍い光を放つ古いコインだった。
「おや、これは僕にくれるのかい? ありがとう、大切にするよ」
リルドがコインを拾い上げると、蛙は満足そうに水たまりへと飛び込んでいった。
夕刻、リルドはギルドに戻り、収穫した薬草を受付に置いた。
「ただいま、受付さん。薬草を持ってきたよ。それと、これ……途中で蛙さんにお礼にもらったんだ」
「おかえりなさい! ……えっ、このコイン……。ちょっと待ってください、鑑定士を呼びます! これ、数百年前に滅びた王国の古銭じゃないですか!? 保存状態もいいし、歴史的価値が凄まじいですよ!」
「あはは、ただの珍しいおまけだよ。蛙さんが『道案内のお礼に』って言ってた気がするしね」
リルドは驚愕する受付嬢から、薬草の報酬と古銭の鑑定料としてかなりの額の金貨を受け取ると、困ったように笑ってギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、庭の猫さんにお土産でも買って、ゆっくりお魚でも焼こうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も動物たちとの不思議な交流を添えて、穏やかに更けていく。




