74話
翌朝、リルドがギルドの扉を開けると、昨日の「黄金の巨大魚」の騒ぎすら、新しい一日の喧騒に塗り替えられていた。
「今日の朝飯はパンが少し硬かったな」
「遠征の準備、どうする?」
そんな日常的な会話が飛び交う中、リルドは掲示板の前へ。
「今日はこれと……おや、少し変わった依頼だね」
彼が剥がしたのは、いつもの『薬草採取』と、『遠征用テントの購入に付き合ってほしい』というもの。
「おはよう、受付さん。これに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。あ、テントの同行依頼ですね。依頼主さんは冒険者志望の新人さんで、道具の良し悪しが分からなくて困っているんです。あ、こちらが依頼主の……」
紹介されたのは、緊張で顔を強張らせた一人の若者だった。
「あ、あの! よろしくお願いします! 僕、まだFランクにすらなれていない見習いで……」
「僕はリルド。よろしくね。一緒にお散歩がてら見に行こうか」
街の道具屋街へ向かう道中、若者はリルドの横を歩きながら、必死に自分のステータス画面と睨めっこしていた。
「ええと……『野営の心得』を解放するには、あと少し経験値が……。ああっ、こっちの『目利き』も捨てがたい……!」
指先を空中で忙しなく動かし、必死にスキルポイントを割り振ってツリーを埋めていく若者。
リルドはそれを微笑ましく眺めながら、「そんなに焦らなくても、道具の声を聞けばいいんだよ」と心の中で呟いた。
やがて到着した野営具専門店。所狭しと並ぶテントを前に、リルドのアドバイスが始まった。
「このテントは布が厚くて丈夫だけど、風の通り道が悪いから夏は暑いよ。こっちの方は、支柱の継ぎ目が少し甘いから、強い雨の日は雨漏りしちゃうかも……」
「えっ、あ、はい! 記録します!」
リルドが「視野拡大」で繊維の密度まで見通し、さらには「言語理解」に近い感覚で道具の長所と短所を解説すると、若者は目を丸くしながら必死にノートにペンを走らせた。
「すごい……リルドさんの言う通りに見ると、さっきまで同じに見えたテントが全然違って見えます!」
若者はリルドの助言に従い、自分にぴったりの「少し古風だが堅実なテント」を選び出し、満足そうに胸を張った。
道具屋を出て、薬草を少し採取してからギルドへの帰り道を歩いていると、向こうから見覚えのあるCランクパーティーがやってきた。
「あ、リルドさん! 先日はありがとうございました!」
「やあ、こんにちは。今日はこれから遠征かい?」
以前、リルドが回復薬やドリンクをこっそり置いて助けた彼らだ。リルドは「ただの通りすがりだよ」という顔で軽く挨拶を交わす。
「えっ、リルドさん、あんな上位の方々と知り合いなんですか……!?」
驚く若者に、リルドは「お散歩友達だよ」と笑って答えた。
夕刻、リルドと若者はギルドに戻り、完了の報告をした。
「ただいま、受付さん。テント、いいのが見つかったよ。彼ならきっと、素敵な旅ができると思うな」
「おかえりなさい! ……うわあ、若君、なんだか自信に満ちた顔をしていますね。リルドさん、どんな魔法の講義をしたんですか?」
「あはは、ただ一緒にテントを見ただけだよ。あと、薬草も持ってきたよ」
リルドは報酬の銅貨を受け取ると、弟子のように深々とお辞儀をする若者に見送られ、ギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、テントの代わりに新しいカーテンでも縫って、部屋を模様替えしてみようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰かの第一歩を優しく支えて、穏やかに更けていく。




