71話
翌朝、リルドは窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、「今日は少し、風の声が騒がしい気がするね」と呟き、いつものようにギルドへと向かった。
ギルド内は、例の水着ポスターの噂で持ちきりだったが、リルドは顔を伏せ気味にして掲示板の前へ。一番下に追いやられ、隅が丸まった依頼札を二枚剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、『薬草採取』と『鎌鼬の討伐』ですね。鎌鼬の方は、峠付近で目にも止まらぬ速さで冒険者を切り刻む魔獣が出るとの報告で、かなり危険だとされていますが……」
「うん、ちょっと様子を見てくるよ。風のいたずらかもしれないしね」
リルドは峠へと続く道すがら、瑞々しい薬草を丁寧に摘み取った。彼の指先が触れると、草花は喜びを分かち合うようにさらに香りを強める。
採取を終え、いよいよ「鎌鼬」が出るとされる峠の頂上付近に差し掛かった。
ヒュンッ!
鋭い風の音がしたかと思うと、リルドの目の前の太い枝が、一瞬で鋭利な刃物で切られたように切り落とされた。
「おやおや……そんなに怒らなくても大丈夫だよ」
リルドは「サーチ」を展開し、風の中に紛れる小さな影を捉えた。そこにいたのは、鎌鼬と噂される正体――『針イタチ』だった。
しかし、そのイタチは激しく体を震わせ、何かに抗うように地面を転げ回っている。
「……やっぱりね。痛かったんだね」
リルドが歩み寄ると、針イタチの尻尾の付け根に、毒を帯びた「魔蜂の針」が深く刺さっていた。それが神経を逆撫でし、暴れるたびに無自覚に鋭い真空の刃を撒き散らしていたのだ。
リルドは優しくその体を包み込むと、浄化の光と共に針を抜き、傷を癒した。
「もう大丈夫。これからは静かに、お散歩を楽しんでね」
針イタチは、それまでの狂暴さが嘘のようにリルドの手を一度だけ舐めると、風のように軽やかに森の奥へと消えていった。
夕刻、リルドはギルドに戻り、いつものように報告書を提出した。
「ただいま、受付さん。薬草を持ってきたよ。……あと、鎌鼬の件なんだけど」
リルドは少し真剣な表情で付け加えた。
「あれは討伐対象の凶悪な魔獣じゃなくて、怪我をしてパニックになっていた針イタチだったよ。討伐依頼を出す前に、先方の『凶悪な鎌鼬だ』っていう主観が混じっていないか、もう一度よく調査してもらえるかな?」
「えっ……! あ、あの鎌鼬が、ただの怪我をした針イタチだったんですか? 確かに、被害報告も『かすり傷ばかりで致命傷がない』と不自然な点がありました。……分かりました、リルドさんの報告を元に、依頼内容の精査をギルドマスターに掛け合ってみます!」
「ありがとう。誤解が解ければ、あのイタチも安心してお昼寝できるからね」
リルドは報酬を受け取ると、満足げに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、風の音が子守唄になるような、穏やかな夜を過ごそうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない真実を掬い上げて、穏やかに更けていく。




