62話
翌朝、リルドは窓の外で元気に空を舞う鳥たちを眺めながら、「今日は少し、森の観察を深めてみようか」と独り言を漏らし、ギルドへと向かった。
ギルド内は、昨日リルドが掃除した古戦場跡が「一夜にして聖域のようになった」という噂で、神官や調査員たちが慌ただしく出入りしていた。リルドはそんな騒ぎを横目に、掲示板の端から二枚の依頼札を静かに剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、『薬草採取』と『足跡の調査』ですね。足跡の方は、最近森の奥で目撃されている正体不明の魔獣のものだと言われていて、多くの冒険者が首を傾げているんです。気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。地面をよく見てくるよ」
リルドはまず、陽の光がよく当たる斜面で、瑞々しい薬草を丁寧に摘み取った。彼が摘む薬草は、まるで摘まれた後も成長を続けているかのように、籠の中で生き生きと輝いている。
採取を終え、依頼のあった調査地点へ向かうと、そこには巨大で奇妙な形をした「足跡」が残されていた。
同行していた他の調査員たちが「これは新種の魔獣か、それとも古代の怪鳥か」と頭を抱えている横で、リルドはそっと足跡に手を触れた。
(……ああ、これは魔獣じゃないね。迷い込んだ大きな雲鯨が、羽を休めるために一度だけ地上に降りた跡だ……)
リルドは周囲に気づかれないよう、指先から微かな魔力を流し、その足跡が放っていた微量な不安の残滓を浄化した。
「……うーん、僕にはただの、風が地面を削った跡に見えるけどなぁ」
「えっ? いや、リルドさん、こんなに大きな足跡が風のわけ……あれ? さっきまでもっと禍々しかったはずなのに、ただの窪みに見えるな……?」
調査員たちが首を傾げている隙に、リルドは「お先に失礼するよ」と、ひょいと手を振ってその場を後にした。
夕刻、リルドはギルドに戻り、収穫した薬草を受付に置いた。
「ただいま、受付さん。薬草を持ってきたよ。足跡の方は……なんだか、ただの風のいたずらだったみたいだよ」
「おかえりなさい! ……えっ、そうなんですか? 調査隊からも『行ってみたら拍子抜けするほど何もなかった』って報告が今入ったところです。……リルドさんが行くと、なんだかいつも問題が解決しちゃいますね」
「あはは、僕はただ歩いていただけだよ。お散歩日和だったからね」
リルドは報酬の銅貨を受け取ると、満足げに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、雲鯨が教えてくれた美味しい実でも使って、お菓子でも作ってみようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない世界の調整を終えて、穏やかに更けていく。




