6話
翌朝、リルドはギルドの裏庭にある、あまり使われていない古びた焚き火場にいた。
手には、昨日もらった木の実と、市場で安く分けてもらった堅焼きのパンがある。
「よし、今日はここでゆっくり朝ごはんを食べよう」
リルドが小枝を集めて火を起こしていると、背後から重々しい足音が聞こえてきた。
「……朝っぱらから、贅沢な時間を過ごしてるな、リルド」
現れたのは、ギルドマスターだった。いつもは険しい顔で書類と格闘している彼だが、今は少し疲れた顔をして、リルドの向かい側にどっかりと腰を下ろした。
「あ、マスター。おはようございます。よかったら一緒にどうですか? パン、炙ると美味しいですよ」
「ふん、ありがたく頂戴するか」
マスターはリルドからパンを受け取ると、遠い目で焚き火の炎を見つめた。
「……近頃、隣国の国境付近で不穏な動きがあるとか、魔獣の活性化がどうとか、騒がしい報告ばかりで胃が痛い。お前のように、石ころ一つで笑っていられる奴が羨ましいよ」
「マスターもたまには休めばいいのに。ほら、この木の実、甘いですよ」
二人がのんびりとパンを齧っていると、突然、裏庭の木々が激しくざわめいた。
空から巨大な影が降りてくる。それは、迷い込んだ「ワイバーン」だった。
飛行能力を持つ竜種は、王都の防衛網を潜り抜けてしまったらしく、苛立ったようにギルドの建物へ向けて火を吐こうとする。
「チッ、こんな時に……! 全員避難させろ!」
マスターが立ち上がろうとした瞬間、リルドが「あ、熱いのは困るなぁ」と呟いて、立ち上がった。
リルドは手に持っていたパンの欠片を、ひょい、と空中のワイバーンに向けて放り投げた。
ただのパンの欠片だ。しかし、それは空気を切り裂く弾丸のような速度で飛び、ワイバーンの喉元にある特定の神経を正確に弾いた。
「ガフッ!?」
ワイバーンは火を吐き出す寸前で、まるで急に眠気に襲われたかのように、翼を畳んで裏庭の隅へズシンと着地した。そのままスースーと寝息を立て始める。
「……マスター、あの子、お腹が空いてたみたいですよ。静かになったし、続き、食べましょう?」
リルドは再び座り込み、何事もなかったかのように火の番を始めた。
マスターは、気絶して大人しくなったワイバーンと、ニコニコしているリルドを交互に見て、深く、深くため息をついた。
「……お前なぁ。今のはSランク冒険者が十人がかりでやる仕事だぞ」
「ええ? 僕はただ、せっかくの朝ごはんを邪魔されたくなかっただけですよ」
結局、そのワイバーンは後で駆けつけたSランク冒険者たち(ガルドを含む)によって、リルドの知らない間にこっそりと回収されていった。
世間では「ギルドマスターが気迫だけでワイバーンを追い払った」という不思議な噂が流れたが、マスターは否定も肯定もせず、ただ苦笑いしていた。
「リルド、お前には敵わんな」
「なんのことですか? あ、マスター、パンのおかわりありますよ」
裏庭には、再びパチパチという焚き火の音だけが流れる。
どんなに世界が騒がしくなろうとも、リルドの周りだけは、いつも穏やかな時間が流れている。
夕方、リルドはギルドの受付で、今日のご褒美に一枚だけ金色の落ち葉をもらった。
「裏庭を掃除してくれたお礼よ」という受付嬢の言葉に、彼は世界一の宝物を手に入れたような顔をして、家路につく。
今夜は、拾った落ち葉を栞にして、古い図鑑でも眺めよう。
万年Fランクの冒険者の日常は、今日も誰にも邪魔されることなく、ゆるやかに過ぎていく。




