59歳
翌朝、リルドは窓を開け、森から流れてくる清々しい空気を感じていた。
「今日は少しだけ、腰を据えて作業をしようかな」
彼は独り言を漏らし、いつものようにギルドへと足を運んだ。
ギルド内では、昨日リルドが届けた希少な薬草のおかげで命が助かった冒険者の話で持ちきりだったが、本人は至ってマイペースに掲示板の前に立つ。
「うーん……今日はこれと、これかな」
彼が剥がしたのは、基本の『薬草採取』と、少し珍しい『ポーション(中)の納品』の二枚だった。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、ポーション(中)ですか? それ、熟練の錬金術師じゃないと安定して作れないから、Fランクの依頼としては異例なんですけど……。リルドさん、作れるんですか?」
「うん、お散歩のついでに、森の綺麗な水で作ってみるよ。受理をお願い」
森での採取と、静かな調合
リルドは森の深部、魔力の流れが最も安定している清流のほとりに到着した。
まずは瑞々しい薬草を丁寧に摘み取り、籠を緑でいっぱいにする。
「さて、次はポーションだね」
リルドは付近の綺麗な水を瓶に汲むと、先ほど摘んだばかりの薬草の中でも、特に魔力含有量の高いものを数枚選んだ。
彼は特別な道具を使う代わりに、瓶を両手で包み込み、そっと目を閉じた。
(……不純物を消して、生命力を凝縮させて……)
リルドが微かな魔力を通すと、瓶の中の水がエメラルドグリーンの光を放ち始める。
本来なら複雑な錬金釜や何時間もの工程が必要な「ポーション(中)」が、リルドの掌の中で、極めて純度の高い最高級品として完成した。
「うん、いい色だ。これなら喜んでもらえるかな」
作業を終えたリルドは、完成したポーションと薬草を抱え、のんびりと街への道を歩いていた。
途中で、大きな荷物を背負った老商人が道端で一休みしているのを見かけた。
「おやおや、お疲れのようだね」
リルドが声をかけると、老商人は弱々しく笑った。
「ああ、歳のせいか、この坂道が堪えてな……」
リルドは老商人と並んで歩きながら、すれ違いざまに彼の荷物にそっと指先で触れた。
「重力軽減」の微かな魔法。老商人は急に荷物が羽根のように軽くなったことに驚き、「おおっ!? 神様が助けてくれたのかもしれん!」と活力を取り戻して歩き出した。
リルドはその後姿を見送りながら、鼻歌を歌ってギルドへと戻った。
夕刻、リルドはギルドの窓口に、瓶に入った鮮やかなポーションと薬草を置いた。
「ただいま、受付さん。依頼の品、持ってきたよ」
「おかえりなさい! ……って、ええええっ!? リルドさん、このポーション(中)……純度が異常に高いですよ! 王宮の薬師が作るものより綺麗なんじゃ……」
「あはは、森の空気が良かったからかな。おまけで薬草もたくさん採れたよ」
リルドは驚愕する受付嬢をよそに、報酬の銀貨を数枚受け取ると、満足げに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、残った薬草でお風呂でも沸かして、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも悟られない超常の技術を添えて、穏やかに暮れていく。




