58話
翌朝、リルドは窓の外で元気に囀る小鳥たちに「今日は誰かの助けになる日だね」と微笑みかけ、いつものようにギルドの扉を開けた。
ギルド内は相変わらず騒がしいが、リルドは喧騒を避けるように掲示板の隅へと歩み寄った。そこで、震えるような文字で書かれた一枚の依頼書を見つけた。
『毒消しの草で赤い蕾のある毒消し草を探しています!名前が分からないので少しだけ特徴を書きました!よろしくお願いします』
「……名前も分からないなんて、切羽詰まっているのかな。あまり見かけない種類だけど、たぶんあそこに咲いているね」
リルドはその依頼書を剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこれを受けてくるよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、その依頼、依頼主さんが慌てていて場所もあやふやなんです。本当に見つけられそうですか?」
「うん。『朱蕾の癒し草』だね。湿り気のある岩場なら、心当たりがあるよ。行ってくるね」
リルドが向かったのは、街から数時間離れた、深い霧に包まれた渓谷の岩場だった。
滑りやすい足場を、リルドはまるでお散歩を楽しむような軽やかな足取りで進んでいく。
「……あった。これだね」
岩の割れ目に、深い緑の葉に守られるようにして、真っ赤な蕾を持った草がひっそりと咲いていた。リルドが指先から微かな魔力を通しながら優しく摘み取ると、草は最も薬効が高まる状態で籠に収まった。
「よしよし、これで一安心だね」
採取を終え、のんびりと帰り道を歩いていると、街道で肩を落として歩く一人の冒険者に出会った。装備はボロボロで、ひどく疲れ切っている。
「おや、大丈夫かい? 街まで帰るなら、一緒に行こう」
「……ああ、助かる。魔獣に襲われて、仲間が毒にやられちまってな。ギルドに解毒剤を買いに走ってるんだが、足が重くて……」
リルドは「それは大変だね」と穏やかに答え、彼のペースに合わせて歩き出した。リルドが隣に並んで歩くだけで、不思議とその冒険者の疲れが和らぎ、足取りが軽くなっていった。
「あんたと歩いてると、なんだか不思議と力が湧いてくるな……」
「あはは、きっと夕飯の匂いが風に乗って届いたからじゃないかな」
二人は談笑しながら、暮れなずむ街の門をくぐった。
ギルドに到着すると、リルドは真っ先に受付へ向かい、赤い蕾の草を差し出した。
「ただいま、受付さん。依頼の草、見つけてきたよ。鮮度が落ちないうちに薬師さんに届けてあげて」
「おかえりなさい、リルドさん! ……ええっ、本当に見つけてきたんですか!? これ、すごく希少なやつだって鑑定士さんが言ってましたよ。依頼主さんも今、ギルドの奥で泣いて喜んでます!」
隣にいた冒険者も、リルドが差し出した草を見て目を見開いた。
「おい、それ……俺の仲間が必要としてた草じゃないか! あんた、ただのFランクじゃなかったのか……!」
「僕はただ、お散歩の途中で見つけただけだよ。さあ、早く仲間さんのところへ行ってあげなよ」
リルドは報酬の銅貨を受け取ると、驚く彼らを背に、ひょいと手を振ってギルドを出た。
「あ、あぁ……ありがとよ…あっ……名前なんだ?」
受付で言っていたはずなのに…と思う冒険者。
「さて、僕も今夜は、静かな家でゆっくり温かいスープでも作ろうかな」
一人と一軒の静かな生活。
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない小さな慈愛を添えて、穏やかに更けていく。




