57話
翌朝、リルドは窓の外の澄んだ空気を吸い込み、「今日は水辺が呼んでいる気がするね」と呟き、ギルドへと足を向けた。
ギルド内は、昨日リルドが持ち帰った「蒼蓮華」の余韻で、一部の鑑定士たちが「あれは伝説級の保存状態だった」と色めき立っていた。リルドはそんな騒ぎの輪を避け、掲示板の最も端、他の依頼書とは紙の質感が明らかに違う、羊皮紙の一片をスッと剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれを受けてくるよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、その依頼。『清流の記憶を持つ薬草と、主ならざる魚の調達』ですね。内容が抽象的すぎて誰も手を付けていなかったんですが……受理しますね。無理はしないでくださいよ?」
「うん、お洗濯日和だから、水遊びついでに見てくるよ」
川辺の採取と釣りのひととき
リルドが向かったのは、街から少し離れた、透き通った水が流れる川の上流だった。
彼はまず、水しぶきを浴びてキラキラと輝く『水鏡草』を丁寧に摘み取った。彼が指を触れると、薬草は一段と輝きを増し、最高の状態で籠に収まっていく。
採取を終えると、リルドは川の支流にある静かな池のほとりに座った。
「さて、次はお魚だね」
彼が適当な枝に糸を結び、ひょいと投げ入れると、すぐに手応えがあった。釣り上げたのは、美しい銀の鱗を持つ『ラナブナ』。
「よしよし、いい型だ。これは依頼主に、こっちは僕の夕飯用だね」
作業を終え、汗をかいたリルドは「少し涼んでいこうかな」と、周囲に誰もいないことを確認してから、池の浅瀬で軽く水浴びをすることにした。
服を脱ぎ、透き通った水に身を沈めると、リルドの白い肌が水面に反射して神秘的な光を放つ。
しかし、その時。対岸の岩陰から、ガサリと不自然な音がした。
リルドの「視野拡大」と「聴覚向上」の感覚が、岩陰に潜み、こちらをじっと覗き見る不審者を捉えた。
(……やれやれ。いろいろと邪魔をされるのは好きじゃないんだけどな)
リルドはわざと気づかない振りをしながら、水中で指先を小さく弾いた。
瞬間、不審者が潜んでいた岩のすぐ足元から、巨大な水柱がドォン!と噴き上がった。
「うわああああっ!?」
悲鳴を上げて逃げ去る不審者の背中を横目に、リルドは悠々と水から上がった。
「水遊びには、ちょっとした驚きも必要だよね」
夕刻、リルドは髪を少し湿らせたまま、ギルドに戻り報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。薬草とラナブナ、持ってきたよ。池の水が冷たくて気持ちよかった」
「おかえりなさい! ……うわあ、このラナブナ、まだピチピチ跳ねてる! ありがとうございます。あ、そういえばリルドさん。さっきボロボロになった男が駆け込んできて『池の守護神に水鉄砲で撃たれた!』って半泣きで訴えてましたよ?」
「守護神? ……あはは、大きな魚でも跳ねたのを見間違えたんじゃないかな」
リルドはとぼけた顔で報酬の銀貨を受け取ると、家路についた。
「さて、僕も今夜は、ラナブナの塩焼きを肴にお酒でも楽しもうかな」




