55話
翌朝、リルドは窓の外で元気に尻尾を振る猫に「今日は春の味を探しに行ってくるよ」と声をかけ、いつものようにギルドへと向かった。
ギルド内は、昨日リルドが最高品質の「言霊石」を持ち帰ったことで、一部のベテランたちが「あいつ、実は何者なんだ?」と小声で噂していたが、リルドはそんな視線を柳に風と受け流し、掲示板の前に立った。
「うーん、今日は……お、これにしようかな。ちょうど季節だね」
彼が手に取ったのは、『筍の納品』の依頼書だった。
「おはよう、受付さん。今日はこの筍の納品に行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。はい、受理しました。納品先は街の外れにある料亭ですね。……あ、筍は鮮度が命ですから、ギルドで預かっている『朝採れ』のものを急いで届けてあげてください」
「了解。お散歩がてら、冷めないうちに(?)届けてくるよ」
リルドはギルドの貯蔵庫から、土がついたままの瑞々しい筍を受け取ると、それを籠に入れて軽やかな足取りで目的地へと向かった。
街の境界線を越え、竹林のそばにある風情ある料亭に到着すると、主人が今か今かと待っていた。
「おお、ギルドからの使いか! 待っていたぞ、この筍がないと今日の看板料理が出せなくてな」
「はい、どうぞ。まだ土が湿っているくらい新鮮ですよ」
リルドが筍を差し出すと、主人はその立派な出来に目を輝かせた。「あんた、丁寧な運び方をするな。傷一つない。ありがとうよ!」と感謝の言葉をもらい、リルドは満足げに料亭を後にした。
帰り道、リルドが竹林の脇の細道をのんびりと歩いていると、藪の中から「ブゴォッ!」という鼻息と共に、巨大な『ランドボア』が姿を現した。
普通の冒険者なら即座に武器を構える強敵だが、リルドは立ち止まると、ポケットの中から予備で持っていた『カラの実』を取り出した。
「おやおや、お腹が空いているのかい? 怒らなくても大丈夫だよ。ほら、これでも食べて落ち着きなよ」
リルドが手のひらにカラの実を乗せて差し出すと、殺気立っていたランドボアは、毒気を抜かれたように大人しくなり、鼻をくんくんさせて実をパクリと食べた。
「美味しいかい? 食べたら、森へお帰り」
ランドボアは満足そうに「フンッ」と短く鳴くと、リルドの足元に一度だけ頭を擦り寄せてから、森の奥へと消えていった。
夕刻、リルドはギルドに戻り、完了の報告をした。
「ただいま、受付さん。筍、無事に届けてきたよ。料亭のご主人も喜んでくれた」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……あ、そういえばリルドさん。さっき戻ってきた偵察隊が『街道に、なぜか機嫌のいいランドボアが歩いてた』って不思議そうに言ってましたけど、見かけませんでした?」
「ランドボア? ……ああ、あの子かな。おやつを食べて、ピクニック気分だったんじゃないかな」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、夕食の献立を考えながらギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、自分用に買った筍で若竹煮でも作ろうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない平和な交流を添えて、穏やかに更けていく。




