54話
翌朝、リルドがいつものように掲示板の隅っこを眺めていると、背後からドスドスと重い足音が近づいてきた。
「おい、リルド。ちょっと面貸せ」
現れたのは、このギルドを取り仕切る厳つい顔のギルドマスターだった。彼は一枚の、金縁の装飾が施された特殊な依頼書をリルドの目の前に突きつけた。
「今日はこれを受けろ。依頼主からの指名だ。……お前なら、揉め事も起こさず静かに見つけてくるだろうと思ってな。報酬は銀貨を出すぞ」
依頼書には『言霊石の捜索』と書かれていた。森の記憶を吸い込み、稀に結晶化する希少な石だ。
「銀貨? それはすごいね。うん、分かったよ。お散歩がてら行ってくる」
リルドはニコニコと上機嫌で依頼書を受け取ると、軽く手を振ってギルドを後にした。
リルドが向かったのは、街から少し離れた「樹霊の森」。
ここは樹々が意思を持つと言われ、並の冒険者では迷い込んで出られなくなる場所だが、リルドにとっては親しみやすい庭のようなものだ。
「ええと……依頼書によると、この辺りのはずだけど……」
リルドは立ち止まり、周囲の木々にそっと手を触れた。彼が微かに魔力を通すと、木々が「あっちだよ」と囁くように枝を揺らす。
「ありがとう。……あ、見つけた」
大きな古木の根元に、淡い翠色の光を放つ小さな石が転がっていた。リルドが拾い上げると、石は心地よい微振動と共に、森の穏やかな記憶を伝えてくる。
「よし、これで依頼完了だね」
森を抜け、街道をのんびりと歩いていると、前方で一台の「運送荷馬車」が立ち往生していた。どうやら車輪が深い泥濘に嵌まってしまい、馬が必死に引いてもびくともしないようだ。
「弱ったな……この荷物は今日中に届けなきゃいけないのに……」
御者の男が途方に暮れている。リルドは「こんにちは」と声をかけながら、馬車の横を通り過ぎた。
その際、リルドは気づかれないように、足元の土にそっと指先で触れた。
瞬間、泥濘の中の水分が瞬時に蒸発して土が固まり、さらに馬車の背後から見えない風がグイッと車体を押し上げた。
「……ハイッ!」
御者が声をかけると、馬車は驚くほど軽やかに泥から抜け出した。
「おおっ!? 抜けたぞ! 助かったぁ……!」
リルドは背後で喜ぶ御者の声を聴きながら、一度も振り返ることなく「お気をつけて」と小さく呟いて歩き続けた。
夕刻、リルドはギルドに戻り、ギルドマスターの部屋をノックした。
「ただいま。言霊石、見つけてきたよ」
リルドが机の上に翠色の石を置くと、ギルドマスターは目を見開いた。
「……本当に見つけてきやがったか。それも傷一つない最高品質だ。……お前、一体どうやって……いや、聞くだけ野暮か」
ギルドマスターは約束通り、数枚の銀貨を袋に入れて差し出した。
「ご苦労だった。これで旨いもんでも食え」
「あはは、ありがとう。……あ、そういえば帰り道、運送屋さんが『奇跡が起きた』って喜んでたよ。今日はいい日だね」
リルドはとぼけた顔で銀貨の袋をポケットにしまい、軽やかな足取りでギルドを出た。
「さて、僕も今夜は、銀貨で奮発して美味しいお肉でも買って帰ろうかな」




