53話
翌朝、リルドは窓の外で元気に走り回るメセタを見送りながら、「僕も少し、遠くまで歩いてこようかな」と呟いてギルドへと向かった。
ギルドの中は相変わらず騒がしいが、リルドは喧騒を避けるように掲示板の隅を眺め、二枚の依頼札を手に取った。
『薬草採取』と、『コボルト集落へのお届け物』。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、コボルト集落ですね。彼らは温厚ですけど、途中の森は最近荒っぽい冒険者が多いみたいですから、気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。お散歩がてら行ってくるよ」
リルドはまず、森の入り口付近で最高品質の薬草を丁寧に摘み取った。彼の手が触れるだけで、萎れかけていた葉が瑞々しく蘇る。
その後、深い森を抜けてコボルトたちの集落に到着した。
「わふっ!」「わふっ!」と尻尾を振って出迎えてくれたコボルトたちに、依頼品の調味料や布を届けると、彼らは大喜びでリルドに甘えてきた。
「みんな元気そうでよかった。またね」
コボルトたちからお礼に貰った木の実をポケットに入れ、リルドは満足げに帰り道を歩き出した。
森の細道を抜けていた時だった。前方から殺気立った数人の冒険者が走ってきた。
「どけ! 邪魔だ、Fランク!」
一人の男がリルドを突き飛ばすようにして、力任せに押し倒した。リルドは「あっと……」と声を漏らしながら地面に尻餅をついたが、男たちは謝りもしない。
「ちっ、あいつ……俺たちが追い詰めた獲物を横取りしやがって……!」
彼らは誰かに憤慨しているようだった。リルドは汚れを払いながら立ち上がり、男たちが去った方向を静かに見つめた。
「……あーあ。せっかくいい気分でお散歩してたのに、服が汚れちゃったな」
リルドは溜息を一つ吐くと、足元に落ちていた小さな、ひときわ硬そうな石を拾い上げた。そして、走り去る男たちがさらに魔獣に襲われそうになった瞬間、指先でその石を「ピンッ」と弾いた。
シュンッ――。
石は男たちの頭上を掠め、彼らを襲おうとしていた魔獣の目の前の木を粉砕した。その音に驚いた魔獣は逃げ出し、男たちは何が起きたか分からず腰を抜かして座り込んだ。
「これで、お互い様かな」
リルドは何食わぬ顔で森を抜け、街へと戻った。
夕暮れ時、リルドは少し肩の土を払いながらギルドの受付に立った。
「ただいま、受付さん。コボルトたちにお届け物、完了したよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……あ、あれ? リルドさん、服が汚れてませんか? 大丈夫ですか?」
「ああ、これ? ちょっと道端で転んじゃってね。あ、そういえば森の中で、冒険者の人たちが急に座り込んでたけど、何かあったのかな?」
「座り込んでた? ……ふふ、きっとリルドさんののんびりした空気が移っちゃったんですよ」
リルドはとぼけた顔で報酬を受け取ると、家路についた。
「僕も、今夜は服を洗濯して、美味しいお茶でも淹れてゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない小さな制裁と、穏やかな夕暮れと共に過ぎていく。




