52話
翌朝、リルドは窓の外で忙しなく巣作りをする小鳥を眺めながら、「僕も少し、誰かの土台作りを手伝いに行こうかな」と呟き、ギルドへと向かった。
ギルド内は、昨日「境界石の結界が強化された」という不可思議な現象の話題で、朝から冒険者たちが騒ぎ立てていた。リルドはその喧騒の横をすり抜け、掲示板の端で埃を被っていた一枚の依頼書を手に取った。
「今日は……これがいい。静かに作業ができそうだ」
彼が剥がしたのは、『ノールの大地での地ならしと石除け』。開拓予定地の地質を整えるという、力仕事の割に報酬が低く、誰もが見向きもしない依頼だった。
「おはよう、受付さん。今日はこの地ならしに行ってくるよ。新しい何かが建つ場所は、綺麗にしておきたいからね」
「おはようございます、リルドさん。……ノールの大地は岩が多くて、ベテランでも音を上げる場所ですよ? リルドさん、無理はしないでくださいね」
「うん、ありがとう。お散歩のつもりでやってくるよ」
街から少し離れた場所にある「ノールの大地」は、ゴツゴツとした岩石が地表に突き出し、荒涼とした風景が広がっていた。リルドは袖をまくり上げると、大地にそっと手を触れた。
「少し、窮屈そうだね。楽にしてあげるよ」
彼が微かな魔力を土に染み渡らせると、頑固に埋まっていた大きな岩が、まるでお辞儀をするようにスルスルと地表へ浮き上がってくる。リルドはそれを手際よく端へ寄せ、荒れた土の層を指先でなぞるようにして整えていった。
彼が通り過ぎた後の地面は、魔法をかけたように平坦で、柔らかな土の色を取り戻していく。
「よし、これで芽吹く準備は整ったね」
作業を終えて帰り道を歩いていると、街道の脇で一人の若手冒険者が、地図と首っ引きになって頭を抱えていた。
「おかしいな……この先にあるはずの薬草の群生地が見つからない。このままじゃ依頼失敗だ……」
リルドは彼の横を通り過ぎる際、わざとらしく足元の小石を一つ、街道から外れた茂みの方へ「ピンッ」と弾いた。
カサッ。
「……ん? 今、何か動いたか?」
若者が小石の飛んだ先を覗き込むと、そこには彼が血眼になって探していた薬草が、夕日に照らされて輝いていた。
「あった! なんだ、こんなすぐそばにあったのか! 助かった……!」
リルドは歓喜の声を背中で聞きながら、「よかったね」と小さく独り言を言い、そのまま歩き続けた。
夕暮れ時、リルドは少し土のついたズボンを払いながら、ギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。ノールの大地、綺麗にしてきたよ。土がとてもいい匂いだった」
「おかえりなさい! お疲れ様です。……あ、そういえばリルドさん。さっき開拓団の人が驚いて飛んできたんですよ。『たった一人で、工事現場が数ヶ月分進んでいた。大地の精霊が手伝ったに違いない!』って」
「大地の精霊? ……ははは、きっと風が強く吹いて、土を均してくれたんだろうね。僕はただ、石をどかしただけだよ」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、満足げにギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、大地の恵みのジャガイモでも蒸して食べようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない「土台作り」を終えて、穏やかに更けていく。




