51話
翌朝、リルドは窓の外で元気に囀る小鳥たちに「おはよう」と挨拶し、いつものようにギルドの扉を開けた。
ギルド内は、昨日「河原で傷が治った熊が見つかった」という奇妙な噂で持ちきりだった。荒くれ者たちが酒を片手に「精霊の仕業か」「高名な聖女が隠居しているのか」と騒ぎ立てている。
リルドはそんな喧騒に混ざることなく、掲示板の前に立つと、端の方でひっそりと色褪せていた一枚の依頼書を剥がした。
「今日は……これにしようかな。お散歩にはちょうどいい距離だ」
剥がしたのは、街の境界線付近にある『境界石の泥落としと清掃』という、地味極まりない依頼だった。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ。石が綺麗になれば、街に入る人も気持ちがいいだろうしね」
「おはようございます、リルドさん。……相変わらず、リルドさんは誰も選ばないような裏方の仕事が好きですね。受理しました、いってらっしゃい!」
リルドは鼻歌を歌いながら、街の境界線へと続く道を歩いた。
目的地に着くと、長年の泥と苔に覆われた古い石柱が立っていた。リルドは持参した道具と、指先から流れる微かな浄化の魔力を使い、石を傷めないよう丁寧に磨き上げていく。
「よしよし、本来の輝きが戻ってきたね」
作業を終えた帰り道、リルドは街道から少し外れた場所にある、大きな『岩陰』を見つけた。そこは風が遮られ、柔らかい日差しだけが差し込む絶好の休憩スポットだった。
「ふふ、いい場所を見つけた。少しだけお休みさせてもらおうかな」
リルドは岩陰に腰を下ろし、籠の中から昨晩作っておいたサンドイッチを取り出した。
ふと横を見ると、岩の隙間から小さなトカゲが顔を出している。リルドがパンの端を少しだけ分けてあげると、トカゲは嬉しそうにそれを受け取った。
「君もここが好きなのかい? 静かでいい場所だよね」
リルドはトカゲと一緒に、風が木々を揺らす音を聞きながら、贅沢な午後のひとときを過ごした。
夕暮れ時、リルドはすっかりリフレッシュした様子でギルドに戻り、完了の報告をした。
「ただいま、受付さん。境界石、ピカピカにしてきたよ。あそこの岩陰、お昼寝に最高だった」
「おかえりなさい! お疲れ様です。……あ、そういえばリルドさん。さっき戻ってきたパトロールの騎士たちが『境界石が魔法で磨かれたように光り輝いていて、周囲の魔除けの結界まで強まっていた』って驚いてましたよ」
「結界? ……ははは、石を磨いたから、お日様の光がよく反射しただけじゃないかな。僕はただ、お掃除をしてきただけだよ」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、満足げに微笑んでギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、あのお利口なトカゲに教わった場所で採れたハーブでお茶でも淹れようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない小さな静寂を添えて、穏やかに更けていく。




