50話
翌朝、リルドは窓辺で羽繕いをする小鳥に「今日は川の方へ行ってくるよ」と声をかけ、いつものようにギルドへと向かった。
掲示板の前で、彼は最も馴染みのある『薬草採取』の依頼札を手に取る。
「おはよう、受付さん。今日もこの薬草を摘んでくるよ」
「おはようございます、リルドさん。はい、受理しました。河原の方は足場が悪い場所もあるので、気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。のんびり行ってくるよ」
街の外を流れる清らかな川のほとり。リルドは鼻歌を歌いながら、目的の薬草を探して歩を進めた。
ふと見ると、大きな岩の上で一匹の三毛猫が丸くなって昼寝をしていた。リルドが近づくと、猫は片目を開けて「ニャー」と短く鳴く。
「やあ、こんにちは。いい場所を見つけたね。お邪魔するよ」
リルドが穏やかに挨拶をすると、猫は安心したように再び目を閉じた。リルドはその隣で、瑞々しい薬草を丁寧に摘み取っていく。彼の手が触れるたびに、薬草は本来の生命力を取り戻し、最高の状態で籠に収まっていった。
「よし、これで採取は完了だね」
籠を背負い、川のせせらぎを聞きながら帰り道を歩いていたリルドだったが、茂みの奥から弱々しい唸り声が聞こえてきた。
気になって覗いてみると、そこには大きな『熊の魔獣』が横たわっていた。
本来なら恐れられる存在だが、その体には深い傷があり、呼吸も浅い。どうやら他の魔獣との争いに敗れ、ここまで逃げてきたようだ。
「……おや。ひどい怪我だね。このままじゃ、今日を越すのは難しそうだ」
リルドは困ったように眉を下げると、籠の中から今摘んだばかりの薬草を取り出し、手のひらで軽く揉み解した。それに微かな魔力を通すと、薬草は淡い緑色の光を放ち始める。
「少し冷たいけど、我慢してね」
リルドが傷口にそっと薬草を当てると、激痛に震えていた熊の体が目に見えて弛緩し、傷口がみるみるうちに塞がっていった。熊は驚いたように目を開け、リルドをじっと見つめる。
「もう大丈夫だよ。ゆっくり休みな」
リルドは熊の頭を一度だけ優しく撫でると、気配を消してそのまま街へと戻っていった。
夕刻、リルドはいつも通り、穏やかな顔でギルドの窓口に立った。
「ただいま、受付さん。薬草、持ってきたよ。川辺の猫も元気だった」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……あ、そういえば! さっき戻ってきた冒険者が『河原の近くで、傷が完治した巨大な熊が穏やかに眠っていた』って不思議そうに話してましたよ。リルドさんは何か見ませんでしたか?」
「熊? ……うーん、大きな影は見た気がするけど。きっとお昼寝が気持ちよかったんだろうね」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、夕食の献立を考えながらギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、温かいスープでも作ってゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない慈愛を添えて、穏やかに更けていく。




