5話
翌朝、リルドの家の窓辺では、昨日持ち帰った「七色苔」がボトルの水の中で淡く、夢のような光を放っていた。
「うん、やっぱり綺麗だ。今日はこの光に合うような、透明な石でも探しに行こうかな」
リルドは軽くストレッチをすると、いつものようにヨレヨレの服に着替え、ギルドへと向かった。
ギルド内では、昨日ガルドが「倒したことになった」ヒュドラの話題で持ちきりだったが、リルドはその輪に入ることもなく、掲示板の隅っこにある依頼札を手に取る。
「『井戸の底の清掃』……。うん、涼しくて良さそうだな」
それは、街の外れにある古い別荘地の井戸が詰まってしまったので、中を掃除してほしいという、冒険者というよりは便利屋のような仕事だった。報酬もごくわずかだが、リルドは満足げに受付へと向かう。
依頼主の古い屋敷に着くと、庭には草が茂り、静かな時間が流れていた。
リルドは慣れた手つきでロープを伝い、井戸の底へと降りていく。底には冷たい水が溜まっており、確かに落ち葉や泥が詰まっていた。
「よいしょ、よいしょ……」
鼻歌を歌いながら、リルドは泥をバケツに詰めていく。
すると、泥の中からキラリと光る硬い感触があった。
拾い上げて水で洗ってみると、それは美しいカッティングが施された、手のひらサイズの透明な水晶だった。
「おや、これは……。でも、魔力は感じないし、ただの飾り石かな」
その時、井戸の壁の隙間から、粘り気のある黒い液体が染み出してきた。
それは「スライム・ダーク」と呼ばれる、物理攻撃がほとんど効かない厄介な魔獣だった。井戸の湿気と闇に引かれて住み着いていたのだろう。
黒い液体は形を成し、リルドを飲み込もうと覆いかぶさってきた。
「あ、ダメだよ。せっかく綺麗にしたばかりなんだから」
リルドは、手元にあった掃除用のブラシをスッと突き出した。
ただの木製のブラシだが、彼が振るえばそれは最強の「打撃」となる。
シュパッ、という鋭い風切り音と共に、ブラシの先がスライムの核を優しく、しかし確実に弾いた。
核を失ったスライムは、ただの水のようにパシャリと弾け、井戸の底の汚れと一緒に排水溝へと流れていった。
掃除を終えて地上に戻ったリルドは、依頼主の老人に水晶を差し出した。
「おじいさん、井戸の底にこれがありましたよ。綺麗だったので、お返ししますね」
老人はその水晶を見て、目を見開いた。
「おお、これは……。亡くなった妻が昔、井戸に落としてしまった指輪の飾り石じゃ。ずっと探しておったんじゃよ。ありがとう、本当にありがとう」
老人は涙を流して喜び、報酬のほかに「これは私からの気持ちじゃ」と言って、庭で採れたばかりの完熟の木の実をいくつかリルドに手渡した。
夕暮れ時、リルドはギルドに立ち寄り、無事に依頼完了の報告をした。
「リルドさん、井戸掃除なんて地味な仕事、よく飽きないわね」
受付嬢の言葉に、リルドはポケットの中の木の実を一つ取り出して、幸せそうに笑った。
「地味な仕事ほど、面白いものが見つかるんですよ」
家に戻ったリルドは、ボトルの七色苔の隣に、もらった木の実を並べた。
窓の外には一番星が輝き始めている。
Sランクの力を持っていても、彼が一番誇りに思っているのは、今日の井戸掃除で誰かを笑顔にしたことと、この甘い木の実を手に入れたことだった。
「さて、明日は何をしようかな。久しぶりにギルドの裏庭で、マスターを誘って焚き火でもしようか」
リルドは穏やかな眠りにつく。
万年Fランク冒険者の夜は、今日もどこまでも静かで、満ち足りていた。




