46話
翌朝、リルドは窓辺で揺れるカーテンの隙間から差し込む光に目を細め、「今日は探し物日和だね」と呟いてギルドへ向かった。
掲示板の前で、リルドの目に一際たどたどしい文字で書かれた依頼書が飛び込んできた。
『特徴は、白い花が咲くの…でね…茎の付近に赤い部分があるの……葉っぱは少し薄い緑なの…』
「ふふ、面白い依頼だね。あまり高価な薬草じゃないけれど……きっと、これをどうしても必要としている誰かがいるんだろうね」
リルドはその依頼書をそっと剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの白い花の依頼を受けるよ」
「おはようございます、リルドさん。あ、その依頼……子供が書いたような内容で場所も書いてなかったんですが、わかるんですか?」
「うん、シーナ草原の奥の方に、ちょうど今の時期に咲く『赤根白妙草』だと思うよ。ちょっと見てくるね」
シーナ草原に到着すると、柔らかな風が草波を揺らしていた。リルドは目を閉じ、草花の囁きに耳を傾けるように歩を進める。
「おや、あんなところに。かくれんぼは終わりだよ」
岩陰の湿った場所に、依頼書通りの白い花を咲かせた草がひっそりと群生していた。リルドが優しく指を触れると、草は喜ぶようにその香りを放つ。必要以上に採りすぎないよう、最も元気な数本だけを丁寧に採取した。
採取を終えて帰り道を歩いていると、街道から少し外れた場所で、一人のCランク冒険者が地面に座り込んでいた。その目の前には、足に深い傷を負った大きなボア(野猪)が横たわっている。
「おや、どうしたんだい? 冒険者が獲物を介抱しているなんて、珍しい光景だね」
リルドが穏やかに声をかけると、冒険者は困り果てた顔で振り向いた。
「いや……こいつ、俺が仕留めようとした時に子供のボアを庇って怪我したんだ。それを見たら急に情が移っちまってな。でも、俺の持ってる傷薬じゃ足りなくて……」
「それは優しいね。……なら、これを使ってみるといいよ。さっき摘んだ薬草の余りだけど、傷口に塗ればすぐに良くなるはずだ」
リルドは手際よく薬草を揉み解し、ボアの傷口に添えた。すると、ボアは気持ちよさそうに鼻を鳴らし、みるみるうちに傷が塞がっていく。冒険者は目を丸くして驚いていたが、リルドは「じゃあ、お幸せにね」とだけ言い残して歩き出した。
夕暮れ時、リルドはギルドに戻り、白い花を受付に置いた。
「ただいま、受付さん。依頼の草、見つけてきたよ」
「おかえりなさい! ……まあ、本当に綺麗な白い花。依頼主の女の子、きっと喜びます。あ、そういえば! さっきCランクの人が『森で出会った隠者が魔法の草でボアを癒やして去っていった』って不思議な話を報告してましたよ」
「隠者? ……ははは、僕はただのお散歩好きだよ。じゃあ、また明日ね」
リルドは報酬の銅貨を数枚受け取ると、夕食の買い出しへと向かった。
僕の日常は、今日も誰かの小さな物語に寄り添いながら、穏やかに暮れていく。
リルドは窓辺で咲いたハーブの香りを楽しみながら、「今日はのんびりとお茶の準備でもしようかな」と独り言をこぼし、ギルドへと向かった。
ギルド内は相変わらず、昨日の「ボアを癒やした隠者」の噂で持ちきりだったが、リルドはそれを聞き流しながら掲示板の前に立った。
「うーん、今日はどれにしようか……おや?」
彼の目に留まったのは、掲示板の隅の、今にも剥がれ落ちそうな場所に貼られた一枚の依頼書だった。
『薬草茶を納品してほしい』
「……薬草そのものじゃなくて、お茶として納品、か。随分と端っこに追いやられているね」
リルドはその依頼書を指先でスッと剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの薬草茶の依頼を受けてみるよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、その依頼。もうずっと貼られたままでした。内容が『味にうるさい隠居した元貴族』からのもので、納品しても『美味しくない』って突き返されることが多くて、誰も受けなくなっちゃったんですよ」
「へぇ、それはやりがいがあるね。僕なりに工夫して作ってみるよ」
リルドはまず、いつもの群生地へ向かい、香りが最も高い「微睡み草」と「陽だまりの葉」を採取した。
普通なら乾燥させるだけだが、リルドは採取したその場で微かな魔力を通し、茶葉の中にある雑味だけを霧散させていく。
「さて、隠し味に昨日見つけた赤根白妙草の根を少しだけ……」
彼が指先で丁寧に茶葉を揉み解すと、周囲には清涼感と、どこか懐かしい甘い香りが漂い始めた。それはお茶を淹れる前から、飲む者の心を解きほぐすような魔法の香りだった。
丁寧に包んだ茶葉を籠に入れ、帰り道を歩いていると、街道の先で若手の冒険者たちが、荷馬車の車輪が外れて困っている場面に出くわした。
「くそっ、これじゃあ日が暮れるまでに街に戻れないぞ!」
リルドは彼らの横を通り過ぎる際、足元に落ちていた手頃な石を拾い、車軸の歪んだ部分に向かって「ピンッ」と軽く弾いた。
カツンッ!
小さな衝撃が車軸の歪みを完璧に矯正し、反動で馬車がわずかに浮き上がった隙に、車輪が自ら嵌まるように収まった。
「……あれ? 今、勝手に直ったか?」
「縁起がいいな! 今のうちに帰るぞ!」
驚く彼らを背に、リルドは「お気をつけて」と心の中で呟きながら、足早にギルドへと戻った。
夕刻、リルドはギルドに戻り、丁寧に包まれた茶葉を置いた。
「ただいま、受付さん。薬草茶、用意してきたよ」
「おかえりなさい! ……うわっ、包みを開ける前からものすごくいい香りがしますね。これならあの気難しい依頼主さんも文句は言わないはずです」
「だといいんだけどね。僕も一杯分余らせたから、後で飲んでみてよ」
リルドが報酬の銅貨を受け取ると、受付嬢は不思議そうに彼を見送った。
「リルドさんって、本当にただのFランクなのかな……」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない極上の一杯を添えて、穏やかに更けていく。




