44話
翌朝、リルドは窓辺で日向ぼっこをしている猫の頭を軽く撫で、「今日もいい天気だね」と独り言をこぼしながらギルドへと向かった。
ギルドの中は相変わらず騒がしいが、リルドはそんな喧騒を心地よい背景音のように聞き流しながら、掲示板の端へと歩み寄る。
「今日は……うん、これが一番落ち着くかな」
彼が手に取ったのは、見慣れた『薬草採取』の依頼書だった。一番の基本であり、彼が最も得意とする仕事の一つだ。リルドはそれを剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの薬草を摘んでくるよ」
「おはようございます、リルドさん。はい、受理しました。リルドさんの持ってくる薬草はいつも質が良いから、薬師さんたちも助かるって言ってますよ。いってらっしゃい!」
街の外に広がる草原は、朝露がキラキラと輝き、爽やかな風が吹き抜けていた。リルドは鼻歌を歌いながら、群生地へと向かう。
「よしよし、今日も元気に育ってるね」
リルドはかつて極めた技術を使い、根を傷めないよう丁寧に、そして最も薬効が高まる場所だけを的確に摘み取っていく。彼の手が触れるたびに、薬草は一段と鮮やかな緑を放つようだった。
一時間も経たないうちに、籠の中は瑞々しい薬草でいっぱいになった。
「さて、これで終わりだね」
採取を終え、のんびりと街への帰り道を歩いていると、前方の街道脇で一人のDランク冒険者が、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見渡していた。
「おや、どうしたんだい? 何か探し物かな」
リルドが声をかけると、その冒険者は「あ、いや……」と言い淀みながら、少し赤くなって答えた。
「それがさ……。さっきまでここにいたはずの強力な魔獣が、一瞬目を離した隙に跡形もなく消えちまったんだ。まるで煙みたいに。……おまけに、俺の足元にポーションが一本置いてあってさ。何が起きたのか全然わからなくて、怖くて動けねえんだよ」
リルドは彼の足元に転がっている、自分が以前「おまけ」として置いていったポーションを見つけ、とぼけた顔で微笑んだ。
「へぇ、それは不思議だね。でも、きっと誰か親切な神様が見守ってくれてたんじゃないかな。お祝いにそのポーションを飲んで、ゆっくり街へ帰るといいよ」
「……そう、なのかな。だよな! 縁起がいいってことにしておくよ」
冒険者が少し安心したように笑うのを見届け、リルドは「お先に」と手を振って歩き出した。
夕刻、リルドはギルドに戻り、完了の報告をした。
「ただいま、受付さん。薬草、たくさん採れたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……あ、そういえば! さっきDランクの方が、草原で神隠しに遭ったって震えながら報告に来てましたよ。リルドさんは何か見ませんでしたか?」
「神隠し? ……あはは、僕はただ薬草と追いかけっこをしてたから、気づかなかったなぁ」
リルドは報酬の銅貨をポケットに入れ、チャリンという音を楽しみながらギルドを後にした。
「僕も、今夜は美味しいお茶でも淹れてゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない小さな奇跡を置いて、穏やかに過ぎていく。




