42話
翌朝、リルドは窓辺で日向ぼっこをしている猫に「僕も少しお宝探しに行ってくるよ」と声をかけ、いつものようにギルドの扉をくぐった。
ギルド内は、昨日「見えない雷」で救われた新人たちの噂話で賑やかだったが、リルドはそんな喧騒をどこ吹く風と受け流し、掲示板の前に立った。
「うーん……何か面白いのはないかな……。おや?」
彼の目に留まったのは、隅の方に貼られた少し古ぼけた依頼書だった。そこには名前すら書かれず、ただこう記されていた。
『特徴は葉先がギザギザしている。茎から甘い香りがする草です。どうか発見してほしい』
普通の冒険者なら「情報不足だ」と見逃すような内容だが、リルドはふっと口角を上げた。
(……この香りの特徴、それにギザギザの葉。間違いない、標高の高い岩場にしか生えない『蜜晶草』だね)
リルドはその依頼札をスッと剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの依頼をお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。……えっ、その依頼、情報が少なすぎて誰も受けてくれなかったんですけど、場所がわかるんですか?」
「うん、なんとなくね。ちょっとお散歩ついでに探してくるよ」
リルドが向かったのは、街から数時間歩いた先にある、険しい岩山の斜面だ。
普通の冒険者なら命懸けの登山になるが、リルドはまるでお庭を歩くような軽い足取りで、険しい崖を登っていく。
風に乗って、微かにバニラのような甘い香りが漂ってきた。
「あった。これだね」
岩の隙間に、水晶のように透き通った茎を持つ、葉先の鋭い草がひっそりと生えていた。リルドが優しく語りかけながら指先を添えると、草は自らリルドの手の中に収まるように収穫された。
採取を終え、鼻歌まじりに山を下りていたリルドは、街道の脇でうずくまっている一人の男を見つけた。装備からしてDランクの冒険者のようだが、足取りが覚束なく、今にも倒れそうだ。
「おや、大丈夫かい? 酷く疲れているみたいだけど」
「あ、ああ……悪い。魔獣との戦いで毒を食らって、解毒はしたんだが……体力が底を突いちまって……」
男は蹌踉めき、膝をつきそうになる。リルドは自然な動作で彼の脇に肩を入れた。
「無理しちゃいけないよ。ほら、肩を貸すから。……あ、そうだ。これ、飲んでみて。僕が趣味で作った『濃厚健康ドリンク』なんだ」
リルドは手荷物の中から、琥珀色に輝く小瓶を取り出した。
男がそれを一気に飲み干すと、瞬間、彼の顔に赤みが差し、重かった呼吸が劇的に整い始めた。
「な、なんだこれ……!? 身体の奥から力が湧いてくる……! 重かった足が、嘘みたいに軽いぞ!」
「あはは、ただの栄養剤だよ。さあ、一緒にギルドまで帰ろうか」
夕暮れ時、リルドは元気を取り戻したDランク冒険者と共に、ギルドへ足を踏み入れた。
「ただいま、受付さん。依頼の草、見つけてきたよ」
「おかえりなさい! ……ええっ!? これ、伝説の『蜜晶草』じゃないですか! 本物を見るのは初めてです……! それに、隣の彼は……さっき救難信号が出ていたパーティーのリーダーさんですよね? 無事だったんですか!?」
「ああ、このリルドって男に救われたんだ。こいつがくれた飲み物、本気で凄かったぞ!」
男が興奮気味に話すが、リルドはとぼけた顔で頭を掻いた。
「いやぁ、たまたま通りかかっただけだよ。ドリンクも、ハチミツと薬草を混ぜただけの安物さ」
リルドは報酬を受け取ると、驚く周囲を置いて、夕焼けの街へと消えていった。
「さて、僕も今夜はハーブティーでも楽しもうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない極上の発見と優しさを添えて、穏やかに更けていく。




