41話
翌朝、リルドは窓辺の植木鉢に「今日は少し湿ったところへ行ってくるよ」と声をかけ、いつものようにギルドへと向かった。
「さて、今日は……これだね」
彼が掲示板から剥がしたのは、『毒消しの弥富草採取』の依頼札だ。弥富草は、毒性の強い沼地の周辺にのみ自生する珍しい薬草だが、リルドにとっては庭先で摘む花と大差ない。
「おはよう、受付さん。今日はこの依頼をお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。弥富草ですね。あの辺りは最近、気性の荒い鳥型魔獣の目撃情報もあるので、十分に気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。無理はしないよ」
リルドは慣れた足取りで、街から離れた湿地帯へとたどり着いた。
独特の刺激臭が漂う中、リルドが「お邪魔するよ」と微かな魔力を込めて一歩踏み出すと、周囲の毒霧が敬遠するようにスッと左右に分かれていく。
「あ、見つけた。今年も綺麗に育ってるね」
泥の中にひっそりと生える、紫色の斑点がある緑の葉。リルドが優しく土を払いながら摘み取ると、弥富草は本来以上の薬効を秘めたまま、籠の中でしっとりと輝き始めた。
採取を終え、籠を背負って帰り道を歩いていると、前方から激しい羽ばたきと叫び声が聞こえてきた。
「うわあああ! 助けてくれ! 誰かあああ!!」
血相を変えて走ってきたのは、数人のFランク冒険者たちだった。その後ろからは、鋭い嘴と巨大な翼を持つ青い怪鳥、『ブルーロックバード』が、獲物を逃さじと低空飛行で迫っている。
「……あーあ。そんなに大きな声を出したら、鳥さんも驚いて興奮しちゃうじゃないか」
リルドは道端の茂みに素早く身を隠した。
そこには、ちょうど手頃な長さの「頑丈な木の棒」が落ちていた。彼はそれを拾うと、手持ちの小刀で先端を鋭く削り、即座に「即席の槍」を作り上げた。
(……よし。あまり傷つけないように、少しだけ大人しくなってもらおうかな)
リルドは全身の力を抜いて呼吸を整えると、茂みの隙間から槍を構えた。
そして、ブルーロックバードが冒険者の背中に鋭い爪を立てようとしたその瞬間、腕のしなりだけで槍を「シュッ!」と放った。
ドォォンッ!
槍は目にも止まらぬ速さで空気を切り裂き、ブルーロックバードの首の付け根、神経が集まる急所を正確に叩いた。刺しはしない。ただ、強烈な衝撃が鳥の脳を揺さぶる。
「ギェ……ッ!?」
青い怪鳥は一瞬で意識を失い、羽を広げたまま地面を滑るようにして、茂みの向こうへと突っ込んでいった。
「な、なんだ!? 鳥が勝手に墜落したぞ!?」
「今のうちだ! 走れ、街まで止まるな!」
冒険者たちが必死に逃げ去るのを見届け、リルドは茂みから出ると、使い捨てた木の棒を林の奥へと投げ返し、証拠を消した。
夕暮れ時、リルドは少し肩についた砂を払いながら、ギルドの報告窓口に立った。
「ただいま、受付さん。弥富草、いいのがいくつか採れたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……あ、そういえば! さっき新人のFランクの子たちが『空から見えない雷が落ちてきて、ブルーロックバードを撃退してくれた!』って泣きながら報告してましたよ?」
「見えない雷? ……ははは、空の上では色んなことが起きるんだね。僕はただ、草を摘んでいただけだよ」
リルドはとぼけた様子で報酬を受け取ると、夕食の献立を考えながらギルドを後にした。
「今夜は、少し豪華に卵料理でも作ろうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない即席の武勇を添えて、穏やかに更けていく。




