40話
翌朝、リルドは窓辺で羽を休める小鳥に「今日は少し遠くまで行ってくるよ」と微笑みかけ、いつものようにギルドの扉をくぐった。
「さて、今日は村の方まで足を伸ばそうかな」
掲示板の前で、彼は二枚の依頼札を重ねるようにして剥がした。
『癒やし草の採取』と、『クイア村への癒やし草納品』。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをやるよ。村の空気も吸ってきたいしね」
「おはようございます、リルドさん。クイア村までは少し距離がありますから、魔獣には気をつけてくださいね。納品、よろしくお願いします!」
リルドはまず、昨日目をつけておいた群生地で、最高品質の癒やし草を丁寧に摘み取った。彼が触れるだけで、薬草は命の輝きを増し、籠の中からは清涼な香りが溢れ出す。
そのまま街道をのんびりと歩き、お昼過ぎにはクイア村に到着した。
「こんにちは。ギルドから癒やし草を届けに来たよ」
「おお、待っていたよ! ……おおっ、なんて瑞々しい薬草だ。これなら病に伏せっている者たちもすぐに良くなる。ありがとう、冒険者さん!」
村人たちの感謝の声に見送られ、リルドは満足げに村を後にした。
帰り道、日が傾き始めた森の奥から、激しい金属音と獣の咆哮が聞こえてきた。
「くそっ、囲まれた! この数の『ブラッド・ウルフ』は手に負えねえ!」
そこでは、数人の冒険者が十数頭の飢えた狼の群れに包囲され、防戦一方になっていた。リーダーの剣士は肩を負傷し、じりじりと追い詰められている。
(……あーあ。ここで騒ぎが大きくなると、帰り道が物騒になっちゃうな。でも、姿を見せるのも面倒だし……)
リルドは道端の茂みに身を隠すと、近くに落ちていた「しなやかな木の枝」を拾い上げた。
彼は手際よく、足元に生えていた「丈夫な蔓」を枝の両端に結びつけ、即席の弓を作り上げる。さらに、手近な「木の棒」に鋭い「小石」を蔓で固定し、数本の矢をあっという間に完成させた。
(よし、これくらいでいいかな)
リルドは弓を引き絞り、気配を完全に消したまま、次々と矢を放った。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュン――。
即席の矢とは思えないほどの速度と精度で、矢は狼たちの前脚や急所をかすめるように正確に叩いた。殺しはしないが、戦意を喪失させるには十分な衝撃だ。
「な、なんだ!? どこから矢が……!?」
「狼たちが怯んでるぞ! 今のうちだ、撤退しろ!」
冒険者たちが混乱に乗じて逃げ出すのを見届け、リルドは即席の弓矢をバラバラにして森へ返した。
夕刻、リルドは少し眠たそうな顔でギルドに戻ってきた。
「ただいま、受付さん。クイア村への納品、無事に終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。あ、そういえば! さっきボロボロの冒険者たちが『見えない精霊の狩人が現れて、木の矢で狼の群れを追い払ってくれた!』って興奮して話してましたよ?」
「精霊の狩人? ……ははは、この森には不思議な住人がたくさんいるんだね。僕はただ、帰り道に綺麗な夕日を見ていただけだよ」
リルドはとぼけた様子で報酬の銅貨を受け取ると、軽く手を振ってギルドを出た。
「僕も、今夜は温かいスープでも作って食べようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない即席の奇跡を添えて、穏やかに更けていく。




