39話
翌朝、リルドは軽く肩を回しながら、活気づくギルドの扉を潜った。
「さて、今日は少し手先の仕事が多くなりそうだ」
掲示板の前に行くと、人混みの隙間から二枚の依頼札を見つけ、流れるような手つきで剥がした。
『毒消しの葵三つ葉の採取』と、『癒やしポーションの納品』。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。……あ、葵三つ葉ですね。あれは毒蛇の多い湿地帯にしか生えないから、採取が難しいんですよ。それとポーションの納品も……リルドさんのポーションは本当に質が良いって、騎士団の人たちも欲しがってました」
「あはは、光栄だな。じゃあ、行ってくるね」
リルドが向かったのは、霧が立ち込める湿地帯だ。
普通なら強力な防毒装備が必要な場所だが、リルドが歩くと、彼を中心にした数メートルの霧がふんわりと晴れ、毒気すらも避けていく。
「おや、こんなところに隠れていたのかい」
湿った岩の陰に、青く輝く三つの葉を持つ薬草を見つけた。リルドが優しく語りかけながら摘み取ると、葵三つ葉は瑞々しさを保ったまま、宝石のような光を放つ。
その場でリルドは腰を下ろし、持参した水と昨日採取した薬草、そして今摘んだばかりの葵三つ葉のエキスを抽出し始めた。
彼が指先を添えると、魔法円も道具も使わずに、液体から濁りがスッと消え、極上の「癒やしポーション」が三本、その場で完成した。
「よし、これで依頼は完璧だね」
帰り道の静かなる介入
帰り道、リルドが鼻歌を歌いながら林を抜けていると、鋭い金属音と悲鳴が聞こえてきた。
「ぐっ……毒が回って、足が……!」
「守れ! ヒーラーを先に逃がせ!」
そこでは、Cランクの小隊が、毒の霧を吐く大蛇『ポイズン・ピット・バイパー』に囲まれていた。リーダーの戦士は既に蛇に噛まれ、顔が土気色に変わっている。絶体絶命の瞬間、大蛇がトドメの一撃を放とうと顎を開いた。
「……あーあ。せっかくいい天気なのに、そんなに毒を撒き散らしたら花が枯れちゃうよ」
リルドは困ったように眉を下げると、足元から小さな、平べったい小石を一つ拾い上げた。
そして、大蛇が飛びかかった一瞬。指先でその小石を「ピンッ」と弾いた。
シュンッ――。
小石は大蛇の口の中を通り抜け、脳天を一突きにするような衝撃を与えた。
「ギシュ……ッ!?」
大蛇は空中で硬直し、そのまま地面にドサリと落ちて動かなくなった。
「あ、今のうちに。君たち、これ飲んで。毒も消えるから」
リルドは動揺するメンバーの一人に、先ほど作ったばかりの葵三つ葉入りのポーションを一本手渡すと、気配を消してそのまま立ち去った。
夕暮れ時、リルドはギルドに戻り、納品物を並べた。
「ただいま、受付さん。依頼の葵三つ葉と、ポーションだよ」
「おかえりなさい! ……えっ、このポーション、昨日よりさらに透明度が増していませんか? それにこの葵三つ葉、根まで生きてるみたい……。あ、そういえば! さっきCランクのパーティーが『通りすがりの妖精が毒を一瞬で消してくれた!』って泣きながら帰ってきましたけど……」
「妖精? ……ふふ、森には色んな不思議があるからね。僕はただ、お掃除をしながら帰ってきただけだよ」
リルドはとぼけた様子で報酬の袋を受け取ると、軽く手を振ってギルドを出た。
「さて、僕もそろそろ、夕飯の準備をしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない優しさを残して、静かに幕を閉じる。




