第340話
翌朝、昨日のお手伝いのお返しにと、ギルドの食堂で焼きたてのスコーンを分けてもらったリルドは、ホクホクとした気分でギルドの扉を開けました。
「おはようございます。あ、昨日のお手伝いの残りの書類、少しだけ確認しようかな……」
そう思って受付へ向かおうとしたリルドですが、ロビーに入るなり、屈強なベテラン冒険者たち数人にガシッと肩を掴まれました。
「お、リルド! ちょうどいいところに来たな!」
「えっ、何? 討伐の相談……? 僕、Fランクだよ?」
戸惑うリルドをよそに、彼らは半ば強引に、ギルドの奥にある一番ふかふかのソファへとリルドを誘導しました。
「いいから座れ。昨日は受付の手伝い、ありがとな。おかげで事務作業が爆速で終わったって受付の姉ちゃんが喜んでたぜ」
「まあ、俺たちからのお礼だ。そこに座ってろ」
「えぇ……あ、はい」
リルドがおずおずと座ると、背後に回った大柄な戦士が、丸太のような太い腕をまくし上げました。そして、リルドの両肩にどっしりと手を置いたのです。
「いくぞ。……ふんっ!」
次の瞬間、驚くほど正確で力強い「肩揉み」が始まりました。
「……っ!? ……ふぁぁ」
リルドの口から、思わず力が抜けたような声が漏れました。
最強の肉体を持つリルドの筋肉は、本来なら鋼よりも硬く、並の攻撃では傷一つつきません。しかし、彼が「お礼を受け取ろう」と心を許した瞬間、その肩はつきたての餅のように柔らかく解き放たれました。
「おお、意外と凝ってるじゃねえか。よし、こっちもだ」
「あはは、くすぐったい……けど、すごく気持ちいい……」
大きな手が絶妙な加減でツボを押し、滞っていた(といっても常人の数万倍は流れている)魔力の循環が、さらに滑らかに加速していきます。リルドはあまりの心地よさに、視界がふわふわと白んでいくのを感じました。
『……リルドよ。お主、世界を滅ぼす魔王の一撃には微動だにせんクセに、おっさんの肩揉みでそんなに蕩けた顔をするのか。我の主として、あまりに無防備すぎではないか?』
ラッファードが呆れたように念じますが、今のリルドには届きません。
「いいなぁ、これ。なんだか、体が羽になったみたい……」
リルドは目を細め、ソファに深く沈み込みました。
最強の力を振るって敵を倒すよりも、こうして誰かの「善意」をそのまま受け取り、肩を揉んでもらっている時間。笑い声が絶えないギルドの空気の中で、ただの「リルド」として甘やかされているひととき。
「……うん。こんな一時も、たまにはいいよね」
リルドは楽しくなって、鼻歌まじりに目を閉じました。
窓から差し込む午後の光が、ウトウトし始めた彼の頬を優しく撫でています。
万年Fランクの日常は、最強の背中を預けられる仲間たちに囲まれて、今日もどこまでも穏やかに、そして温かく過ぎていくのでした。




