第334話
学術都市に到着したリルドを待っていたのは、荘厳な石造りの塔と、眉間にしわを寄せた「賢者」たちの行列でした。
彼らが何年も頭を抱えていたのは、都市の広場に鎮座する、高さ5メートルはあろうかという『神代の石板』。
「これに刻まれた古代文字が読めぬ限り、我々の魔法文明は停滞したままだ……」
「聖級魔法で解析しても、ビクともせんとは」
賢者たちが絶望の溜息をつく中、護衛の仕事を終えたリルドは、その石板の前で足を止めました。
「(……あ、これ、いいな。形といい、滑らかさといい……)」
リルドが石板にそっと手を触れると、ラッファードが鞘の中で呆れたように震えました。
『……リルドよ。まさかとは思うが、それをお持ち帰りしようと考えてはおらぬな? それは地脈の情報を記録する「世界の記憶装置」だぞ』
「ううん、違うよ。これ、ちょうどいいと思って」
リルドは周囲の賢者たちが目を剥く中、指先で石板の表面を「トントン」と叩きました。すると、数千年の間、誰の干渉も受け付けなかった神代の防壁が、まるで熟した果実の皮が剥けるように、ハラハラと崩れ落ちたのです。
「な、なんだと……!? 石板が……開いた!?」
「古代文字が、光り輝いて……読める、読めるぞ!」
賢者たちが狂喜乱舞し、地面に這いつくばって記録を取り始める中、リルドの関心は「中身」ではなく、剥がれ落ちた**「外側の石の破片」**にありました。
「よし、この平べったい破片……。これなら、お家で重石にするのにぴったりだ。漬物がおいしく漬かりそう」
リルドは、世界を揺るがす古代の英知が刻まれた石板の「外装」を、大切そうに布で包んで籠にしまいました。それは、どんな硬質のダイヤモンドよりも硬く、魔力を一切通さない究極の遮断材――つまり、漬物石としては「永遠に形が変わらない最高級品」でした。
その日の夕暮れ。学術都市のギルドには、前代未聞の報告が飛び込んできました。
「『神代の石板』を解呪した名もなきFランク冒険者がいる」と。
しかし、当の本人は学術都市の市場で、地元の「特産大根」を大量に買い込んでいました。
「ただいま、受付さん。……あ、こっちのギルドの受付さんも親切だね。はい、これ、道中で見つけた綺麗な青い砂。街の子供たちに分けてあげて」
「え……? あ、ありがとうございます……(これ、一つで城が建つレベルの魔鉱石じゃない!?)」
リルドは驚愕で固まる受付嬢に笑顔で手を振ると、背負った籠の中の「最高の重石」を揺らしながら、宿泊先へと歩き出しました。
「ラッファード、見て。この重石、きっといい仕事をしてくれるよ」
『……お主というやつは。賢者たちが一生を捧げる謎を「皮剥き」で終わらせ、その残骸で漬物を漬けるとは。……まあ、お主の作る浅漬けは絶品だからな、我も完成を楽しみにしておこう』
最強の力で「神の封印」をあっさりと解き、本人は明日の朝食の「漬物の浸かり具合」に胸を躍らせている。
万年Fランクの旅路は、世界の歴史を塗り替えながらも、相変わらず穏やかな食卓のために続いていく。




