第330話
薬草園に着くと、そこには青々とした葉を広げる薬草たちが、朝露に濡れて輝いていた。リルドは籠を地面に置き、さっそく腰を据えて作業を始めた。
「よしよし、みんな元気かな。……おや、君は新顔だね」
リルドが薬草の葉をめくると、そこには透き通るようなエメラルドグリーンの体に、銀色の斑点がある不思議な幼虫が一匹、のんびりと葉を齧っていた。普通の冒険者なら「害虫」としてすぐに潰してしまうところだが、リルドは指先を近づけ、その小さな命の波動をじっと観察した。
「(……この子、悪い子じゃないな。むしろ、この薬草の余分な魔力を食べて、バランスを整えてくれてる)」
『リルドよ。それは「翠銀の蛾」の幼虫ではないか。成虫になれば、その鱗粉は万能薬の材料にもなる希少種だ。放っておけば、この畑が聖域化してしまうぞ』
「あはは、いいじゃない。綺麗な蛾になったら、また見に来よう」
リルドは幼虫をそっと隣の元気すぎる葉に移してやると、自分は雑草を抜き、丹念に肥料を撒いて回った。彼が肥料を撒くたびに、指先からこぼれる微かな浄化の魔力が土に染み込み、薬草たちが「嬉しい」とばかりに葉を震わせる。
作業を終える頃には、昼下がりの柔らかな陽光が畑を包み込んでいた。
「ふぅ……。いい汗をかいた。今日はこれで終わりかな」
リルドが道具を片付けていると、ふと足元の土の中から、キラリと光る破片が見えた。
掘り起こしてみると、それは大昔の装飾品の一部なのか、複雑な文様が刻まれた古い銀色の指輪だった。宝石は取れてしまっているが、磨けばまだ輝きそうだ。
「これはいいものを見つけた。……でも、魔力はもう空っぽだね。ただの綺麗な指輪だ」
リルドはその指輪をポケットに放り込み、ギルドへと戻った。
夕暮れの窓口。
「ただいま、受付さん。畑の掃除、終わったよ。肥料もたっぷり撒いておいたから」
「お疲れ様です、リルドさん。組合の人が、あなたが帰った後の畑を見て『薬草がさっきより数倍大きくなってる!』って驚いて電話してきたわよ。……また、あなたの『おまじない』が効いたのかしら?」
「あはは、きっと太陽の光が良かったんだよ」
報酬の銅貨を受け取り、リルドはギルドを後にした。
帰り道、彼はポケットから拾った銀の指輪を取り出し、月明かりに透かしてみた。
最強の力を持ちながら、彼は今日もFランクとして、誰にも気づかれない奇跡の跡を街に残していく。
万年Fランクの夜は、指先で転がる古い指輪の冷たさを楽しみながら、今日も穏やかに、どこまでも静かに更けていく。




