33話
翌朝、リルドは窓辺で日向ぼっこをしている小鳥に「いってきます」と指先で挨拶し、いつものようにギルドの扉をくぐった。
ギルド内は、朝から高ランクの依頼を巡って冒険者たちが騒がしく議論を交わしていたが、リルドはそんな喧騒には加わらず、掲示板のいつもの隅っこへと歩み寄った。
「今日は……うん、これが一番いいな」
彼が剥がしたのは、『癒やし草の採取』という、新米がまず最初に受けるような初歩的な依頼札だった。
「おはよう、受付さん。今日はこの依頼をお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。また癒やし草ですね。……あ、でもリルドさんが持ってくる薬草はいつも質が良いから、薬師ギルドの先生たちが喜ぶんですよ。いってらっしゃい」
リルドが向かったのは、街から少し離れた、知る人ぞ知る「癒やし草が沢山生えてる絶好の場所」だ。
そこは、豊かな魔力の脈が地表近くを通っている小さな丘の斜面で、普通なら魔獣が寄り付きそうな場所だが、リルドが「お邪魔するよ」と自然体の気配で足を踏み入れると、周囲の生き物たちは穏やかに道を開ける。
「よしよし、今年も元気に育ってるね。……失礼して、少し分けてもらうよ」
リルドはかつて極めた採取の技術を使い、土を傷めず、最も薬効が高まる角度で茎を切り取っていく。彼が触れるたびに、癒やし草はさらに鮮やかな緑色に輝くようだった。
籠がいっぱいになる頃には、依頼の数倍の量が、完璧な状態で収穫されていた。
「さて、今日はこの辺にしようかな」
リルドが満足げに籠を背負い、帰り道をのんびりと歩き出した時のことだ。
前方から、凄まじい勢いでこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
「うわあああああ!! 助けてくれえええ!!」
血相を変えて走ってきたのは、数人のFランク冒険者たちだった。まだ装備も真新しい少年たちが、涙目になりながら全力でリルドの横を駆け抜けていく。
「おや、あんなに急いで……。あっちに何かあったのかな?」
リルドが彼らの逃げてきた方向を振り返ると、遠くの森の木々が少しだけ揺れていたが、リルドがふんわりと微笑んで「そこまでにしなよ」と無言の圧を放つと、ガサガサという音はピタリと止まり、森は再び静寂に包まれた。
夕方、リルドはギルドに戻り、いつものように窓口へ報告に向かった。
「ただいま、受付さん。癒やし草、持ってきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……あ、そういえば、さっき新人のFランクの子たちが『森に怪物がいた!』って震えながら帰ってきたんですけど、何か見ませんでしたか?」
「え? 怪物? ……うーん、特には見なかったなぁ。今日は風が気持ちよくて、薬草も喜んでたみたいだよ」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、大事そうにポケットに仕舞い込んだ。
「はい、これが今回の報酬です。……リルドさんの癒やし草、相変わらず最高級品ですね。いつも助かります」
「ありがとう。また明日もいい天気だといいな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることなく、穏やかに暮れていく。




