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ひだまりのFランク冒険者  作者: みなと劉


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325/346

第325話

翌朝、リルドはこれまでにない重苦しい空気で目を覚ました。

視線を落とすと、ベッドの脇で胡坐をかき、腕を組んだまま凄まじい威圧感を放って眠る魔王の姿があった。

「……おはよう、魔王様。あの、椅子を使っていいんだよ?」

「ぬぅ……。貴様、目覚めて早々俺様の結界を無意識に跨ぐとは相変わらずだな。椅子など軟弱な。魔王たるもの、常に戦場を想定して地を這うのだ」

『……ただの床寝ではないか。見栄を張るのも大概にせよ』

ラッファードが呆れたように念じる中、リルドはいつも通り朝食の準備を始めた。

魔王は食卓に並んだ質素な野菜スープとパンを見て「毒か?」と疑っていたが、一口食べた瞬間、その芳醇な旨味(という名のリルドの無自覚な浄化魔力)に目を見開いた。

「な、なんだこれは……。我が城の専属シェフが作った竜肉のソテーより、魂が震えるぞ……!」

「あはは、ただの近所の畑の野菜だよ。さあ、冷めないうちに食べて」

準備を終え、リルドがいつものようにギルドの扉を開けようとすると、背後から魔王がマントを翻して割り込んできた。

「どけ、リルド。俺様が先に道を作ってやる」

「いいよ、普通に入れば……」

ギルドの扉が勢いよく開くと、昨日の恐怖が冷めやらぬ冒険者たちが一斉に「ひいっ!」と椅子から転げ落ちた。受付嬢は引きつった笑顔で、マスターはもはや悟りを開いたような顔で二人を迎えた。

「あ、リルドさん……おはようございます。……と、魔王様も、おはようございます……」

「うむ。リルド、今日の依頼はどうする。世界を滅ぼさんとする邪神の封印か? それとも冥界の門の番犬の首か?」

魔王が鼻息荒く掲示板を指差すが、リルドが剥がしたのは、一番下の古ぼけた依頼札だった。

『【緊急】迷い込んだ「子ヤギ」が屋根から降りられません。助けて!』

「今日はこれ。高いところ、怖いだろうからね」

「……貴様、俺様を連れてヤギを救いに行くというのか!?」

『ふふん、魔王ともあろう者がヤギ一匹に腰が引けているのか? 情けないな』

「貴様、そのなまくら……! 良いだろう、ヤギだろうが神獣だろうが、俺様が根こそぎ救ってやるわ!」

移動中、魔王は「俺様の歩く道に塵一つ残さぬ!」と、漆黒の魔圧で道端の小石を粉砕しようとしたが、リルドに「石さんが痛そうでしょ」とたしなめられ、結局は大人しくリルドの後ろを付いて歩く羽目になった。

現場に着くと、小さな民家の屋根の上で、震える子ヤギが一匹。

魔王は「俺様が空間ごと転移させてやる」と物騒な魔法を唱えようとしたが、リルドがひょいと空を歩くように屋根に登り、優しく抱きかかえて降りてきた。

「はい、もう大丈夫だよ。お母さんのところへお帰り」

「……。貴様、今の足運び……時空を数ミリ固定して踏み台にしたな? 無造作すぎるぞ」

夕暮れ時、リルドは子ヤギの飼い主からお礼に貰った「特製チーズ」を魔王と分け合いながら、ギルドへ戻った。

「ただいま、受付さん。ヤギさん、無事にお家に帰ったよ」

「お疲れ様です……。あの、魔王様が後ろでヤギの真似をして『メェ』と呟いているように見えるのですが、私の幻覚でしょうか……?」

「あ、それは多分、チーズが美味しかったんだと思うな」

報告を終え、夜道を歩く二人。魔王は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、リルドの家が見えてくると、どこか安心したような顔をした。

「リルドよ。貴様の家は狭いが……魔力密度が異常に高いな。あの庭の黄金の芽も、昨晩より三メートルは伸びているぞ」

「えっ、本当? 明日はもっとたくさんお水をあげなきゃ」

家に入ると、魔王は当然のようにソファを占領し、リルドが用意したお古の毛布に包まった。

「……明日も付いていくぞ。貴様がヤギに食べられないようにな」

「あはは、ありがとう。おやすみ、魔王様」

最強のFランクの家に、最強の居候(魔王)が完全に馴染み始めた。

万年Fランクの日常は、魔界の王を「ヤギ救出の助手」に変えながら、今日も賑やかに、そして少しだけ騒がしく更けていく。

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