第324話
翌朝、リルドは窓の外を見て、思わず二度見した。
庭の「七色の種」から、一晩で天を突くような黄金色の芽が吹き出し、周囲にキラキラと神々しい粉を振りまいていたからだ。
「……成長、早すぎないかな」
『……リルドよ。あれは「芽」ではない。世界樹の幼生だ。お主のじょうろには聖水でも入っておるのか?』
ラッファードの呆れ声を無視して、リルドはいつも通り身支度を整えると、クロを肩に乗せてギルドへと向かった。
ギルドの前に着くと、重厚な扉の向こうから、地響きのような怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
「リルドはどこだ! リルドを出せ! 貴様ら、隠しているのではないだろうな!」
「???」
リルドが不思議そうに首を傾げると、腰のラッファードが鞘の中でガタガタと震え出した。
『な……なんだこの禍々しくも懐かしい気配は……。リルド、よせ。中に入るな! あれは……あれは魔王様ではないか!?』
「まさかぁ」
リルドがのんきに扉を開けると、そこには静寂と絶望が支配するギルドの光景があった。
中央のテーブルにふんぞり返っているのは、漆黒の甲冑を纏い、角を生やした圧倒的な存在感を放つ男。
「(げっ!?)」
リルドは反射的に扉を閉めようとしたが、受付嬢が涙目で叫んだ。
「あ、リルドさーん! やっと来た! 魔王様がずっとあなたを呼んでますよ!」
ギルドマスターも、額から滝のような汗を流しながら遠巻きに言った。
「リルド……。どういうわけか、魔王様がお前に直接用があるんだとさ。頼む、機嫌を損ねないでくれ……」
「お!! おお! リルド! やっと現れたな!」
魔王が椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、大股で歩み寄ってくる。
「……ひ、人違いじゃないかな。僕はただのFランクの――」
「んなわけあるか! 俺様がお前を間違えるわけあるか!? あの時、俺様の自慢の魔王城を『日当たりが悪いから』という理由だけで一撃で更地にしたのはどこの誰だ!」
ギルド中の冒険者が「え……?」と固まる中、リルドはそそくさと掲示板の前まで移動した。
「……何をしている?」魔王が背後から覗き込む。
「今日の依頼を選んでるんだよ。ほら、今日はこれ。『裏山のハーブ摘み』」
『お主、魔王を背にハーブを選ぶとは……度胸というよりは無神経の極みだな』
「……討伐依頼は? ドラゴンや高位悪魔の首はどうした?」
魔王が不思議そうに尋ねると、リルドはハーブの依頼札を剥がしながら答えた。
「最近は直接は受けてないよ。命のやり取りより、お花の香りを楽しみたいし」
「……ふん、相変わらずだな。よし、行くぞ」
「えっ、どこへ?」
「決まっている。ハーブ摘みだ!」
移動するリルドの後ろを、マントを翻した魔王が堂々と付いてくる。街道ですれ違う冒険者や村人が、恐怖のあまり次々と道端の溝に飛び込んで避難していったが、リルドは「今日はみんな活発だなぁ」と呑気に笑っていた。
森に着くと、魔王は漆黒の魔力で雑草を消し飛ばそうとしたが、リルドに「根っこが痛むでしょ!」と怒られ、結局二人で並んでしゃがみ込み、ハーブを摘む羽目になった。
夕暮れ時、リルドは籠いっぱいのハーブを持ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。ハーブ、たくさん採れたよ。あと、この人は……道案内?」
「お、お疲れ様です……」
受付嬢が震える手で報酬を渡す横で、魔王が腕を組んで宣言した。
「よし、決めたぞリルド。貴様のその、毒にも薬にもならん生活……俺様が見守ってやる。今日から貴様の家で一緒に暮らす!」
「ええっ!? 部屋、狭いよ!?」
『……終わった。我の安眠が、魔王のいびきで妨げられる日々が始まる……』
最強のFランクの家に、まさかの居候(魔王)が加わった。
万年Fランクの日常は、世界の支配者を「家事手伝い」に変えながら、今日も賑やかに更けていく。




