第322話
翌朝、リルドは窓辺で黒い石を自慢げに眺めるラッファードの気配を感じながら目を覚ました。
「おはよう、ラッファード。その石、やっぱり似合うね」
『ふむ……。お主の審美眼も、たまには役に立つということだ。我が威厳がさらに増した気がするぞ』
リルドは笑いながら、クロと一緒に軽い朝食を済ませ、いつものようにギルドの扉を叩いた。
ギルドの中は、昨日の「魔力異常の消失」についての話題で持ちきりだった。
「一体誰が解決したんだ?」「Sランクの連中もまだ動いてなかったはずだが……」
そんな会話をBGMに、リルドは掲示板の端っこに貼られた、少し湿った依頼札を手に取る。
『【緊急】近隣の農家で、巨大な「カボチャ」が抜けなくなって困っています』
「今日はこれにしよう。カボチャが抜けないなんて、まるで絵本みたいで楽しそうだし」
リルドはその依頼札を受付へ持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこの『カボチャ抜き』に行ってくるよ」
「おはよう、リルドさん。……ええ、それね。ただのカボチャじゃなくて、魔力の影響で巨大化したらしいの。農家の皆さんが総出で引っ張ってもびくともしないんですって。気をつけてね」
「うん、頑張ってみるよ」
リルドが農場へ到着すると、そこには家ほどもある巨大なカボチャが鎮座していた。十数人の農夫たちが綱をかけて必死に引っ張っているが、カボチャは地面に深く根を張り、微動だにしない。
「おや、これはなかなかの大物だね」
「おい、あんた! ギルドから来たのか? 悪いが、こんなヒョロっとしたあんたじゃ無理だ。もっと屈強な奴を連れてきてくれ!」
農夫たちの言葉に、リルドは「あはは、まあ試させてよ」とのんびり答え、カボチャの蔓にそっと手を添えた。
彼は指先から微かな魔力を通し、カボチャの根が大地と「喧嘩」している部分を見抜いた。
「よしよし、ちょっと力を抜いてね……。よいしょ」
リルドがひょいと持ち上げるような仕草をした瞬間、カボチャを縛り付けていた大地の圧力が一瞬で無効化された。
ズボォッ!! という快音と共に、巨大なカボチャが軽々と地面から抜け、リルドの手のひらの上でふわふわと浮いている(ように見えた)。
「……え?」
綱を引いていた農夫たちが全員、尻餅をついたまま固まった。
「抜けたよ。根っこが少し頑固だったみたいだね」
リルドは驚愕する人々を余所に、カボチャを傷つけないよう優しく地面に置いた。すると、カボチャの根元から、太陽の光を反射して七色に輝く「不思議な種」がこぼれ落ちた。
「わあ、綺麗な種。これ、庭に植えたら面白い花が咲くかな?」
夕暮れ時、リルドはカボチャのお礼にと持たされた大量の野菜を抱えてギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。カボチャ、無事に抜けたよ。みんなで引っ張るタイミングが良かったみたい」
「お疲れ様です、リルドさん! 農家の人たちが『神様みたいなFランクがいた』って腰を抜かして報告に来たわよ。……また『たまたま』運が良かったのね?」
受付嬢は苦笑いしながら、報酬の銅貨と野菜の受領印を渡した。
「あはは、そうだね。それより見てよ、この種。何を育てようかな」
帰り道、リルドは夕焼け空を見上げながら、ポケットの中の七色の種を転がした。
家に着くと、彼はさっそく庭の特等席にその種を植えた。
「ラッファード、この種が育ったら、また庭が賑やかになるね」
『……お主というやつは。大地の精霊の加護が宿った「世界樹の種」を、ただの観賞用として庭に植えるとは……。まあ、お主の庭なら、それも幸せな運命かもしれんな』
最強の力で「カボチャ」を抜き、本人は新しいガーデニングの楽しみに胸を躍らせている。
万年Fランクの日常は、誰にも気づかれない奇跡を庭に埋めながら、今日も穏やかに更けていく。




