第321話
翌朝、リルドは窓辺で青く、そして七色に輝く苔たちが元気に光を放っているのを見て、満足げに頷いた。
「よし、今日もみんな元気だね。クロ、朝ごはんにしよう」
「キー!」
ラッファードは昨夜の「抱き枕事件」の余韻か、心なしかいつもより大人しく壁に立てかけられている。
リルドがギルドへ向かうと、掲示板の前には人だかりができていた。どうやら近隣の森で「巨大な魔力の乱れ」が観測されたらしく、高ランクの冒険者たちが色めき立っている。
「おい、Sランクの依頼だぞ!」「伝説の魔獣でも出たのか?」
そんな喧騒を余所に、リルドは掲示板の最下段、今にも剥がれ落ちそうな古い紙を見つけた。
『【至急】裏通りのドブさらいと、詰まりの解消』
「今日はこれにしよう。雨が降る前に綺麗にしておかないと、街の人が困っちゃうからね」
リルドはその依頼札を手に取り、受付へと向かった。
「おはよう、受付さん。今日はこれ、ドブさらいをやってくるよ」
「おはよう、リルドさん。……えっ、それを受けるの? さっきの魔力の乱れの調査じゃなくて? 報酬、銅貨数枚よ?」
「あはは、僕にはこっちの方がお似合いだよ。行ってきます!」
現場の裏通りに着くと、そこはひどい泥とゴミで流れが完全に止まっていた。リルドは袖をまくり、鼻歌まじりに作業を始める。
「よいしょ、よいしょ。……おや、こんなところに大きな石が詰まってる」
リルドがひょいと指先で触れたその「石」は、実は地脈のエネルギーが凝縮して固まった『大地の核』だった。これが詰まっていたせいで、周囲の魔力が乱れ、高ランク冒険者たちが騒いでいた「魔力の乱れ」が起きていたのだ。
しかし、リルドにとってはただの「流れを邪魔する邪魔な石」でしかない。
「ちょっとどいててね」
リルドが軽くデコピンをするように石を弾くと、大地の核は一瞬で粉砕され、純粋なエネルギーとなって大地に還っていった。その瞬間、街を覆っていた不気味な魔力の乱れは霧散し、穏やかな空気が戻ってきた。
「ふぅ、これで流れが良くなった。ついでに……」
リルドは泥の中から、太陽の光を浴びてキラリと光る、滑らかな黒い小石を見つけた。
「わあ、これ、磨いたら絶対にかっこいい。ラッファードの鞘の飾りにいいかも」
夕暮れ時、リルドは泥だらけの長靴を鳴らしてギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。ドブさらい、終わったよ。詰まってた大きな石を壊したら、すっきり流れるようになったんだ」
「お疲れ様です、リルドさん! ……不思議ね、あなたが作業を始めた頃から、あんなに騒がしかった魔力の乱れがピタリと止まったのよ。……まあ、偶然でしょうけど」
受付嬢は不思議そうにしながらも、約束の銅貨を並べた。
「あはは、偶然ってすごいね。はい、これが報告書。じゃあ、また明日!」
帰り道、リルドは市場で少しだけ贅沢をして、クロの大好きな木の実を買った。
家に着くと、彼は拾った黒い石を丁寧に磨き、ラッファードの鞘の傍にそっと置いた。
「見て、ラッファード。いい石でしょ?」
『……お主というやつは。世界を揺るがす地脈の異常を「ドブさらい」のついでに解決してくるとはな。……まあ、この石の輝きは、我の格に見合わぬこともない』
最強の力を「ドブ掃除」に使い、本人は新しいコレクションが増えたことに鼻歌を歌っている。
万年Fランクの日常は、世界の危機を無自覚に救いながら、今日も平和に更けていく。




