第318話
翌朝、リルドはいつもより少しだけ早く目を覚ました。窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が流れ込み、昨夜吊るした薬草の香りが部屋を満たしている。
「おはよう、クロ。……ラッファードも。今日は、なんだか空が高いね」
『ふむ……。お主の言う通り、魔力の通りが非常に良い日だ。何か良からぬ事でも起きなければ良いがな』
「あはは、そんな不吉なこと言わないでよ」
リルドは軽く朝食を済ませ、いつものようにギルドへと向かった。
街の通りは、開店準備をする商店の活気で溢れている。リルドは時折、道端に落ちている「少しだけ面白い形の小石」を見つけては、それを手に取って陽の光に透かし、満足げにポケットに忍ばせた。
ギルドの扉を開けると、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
冒険者たちが酒を酌み交わし、自慢話に花を咲かせている。リルドは騒がしい中央を避け、壁際を歩いて掲示板の前へ。
「(今日は……あ、これにしよう)」
剥がしたのは、端っこで埃を被っていた古い依頼札。
『ギルド裏庭の、雑草抜きと花の植え替え』
「おはよう、受付さん。今日はこれ、やっておくね」
「おはようございます、リルドさん。……あら、それはもう何ヶ月も放置されていた依頼ですよ。裏庭は日当たりが悪くて、なかなか花が育たないんです。手間ばかりかかって報酬も少ないですが、いいんですか?」
「うん。あそこ、土が寂しがってる気がして。ちょっと様子を見てくるよ」
ギルドの裏庭。そこは高い壁に囲まれ、湿った苔と枯れ草が目立つ寂しい場所だった。
リルドは袖をまくり、まずは丁寧に雑草を取り除いていく。指先から微かな魔力を流し、土の中の水分を調整し、眠っていた養分を呼び覚ます。
『……リルドよ。お主のその「土いじり」、もはや神域の耕作魔法ではないか。これでは雑草どころか、伝説の霊草すら芽吹きかねんぞ』
「(しーっ、ラッファード。ただのガーデニングだよ)」
リルドは持参した花の苗を、一つずつ大切に植えていった。
泥にまみれ、鼻歌を歌いながら土を整える。最強の力を振るうよりも、こうして指先から伝わる生命の鼓動を感じる方が、彼にはずっと心地よかった。
数時間の作業を終える頃には、寂しかった裏庭は見違えるほど色鮮やかな小庭へと生まれ変わっていた。
夕暮れ時、リルドは道具を片付けてギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。裏庭、綺麗になったよ。……あ、それとこれ。庭の掃除をしてたら、変な石を見つけたから、ついでに納品しておいて」
リルドがカウンターに置いたのは、泥を拭ったばかりの、微かに青い光を放つ「魔力結晶の欠片」だった。本人にとっては「綺麗な石」に過ぎないが、それは高純度の魔力を秘めた貴重な素材だ。
「おかえりなさい、リルドさん! ……ええっ!? こ、これ、ただの石じゃありませんよ!? リルドさん、一体どこで見つけて……!」
「あはは、ただの庭掃除のついでだよ。じゃあ、また明日ね」
慌てふためく受付嬢をよそに、リルドは報酬の銅貨を受け取ると、満足げにギルドを後にした。
最強の力を秘め、無自覚に奇跡を振りまきながら。
万年Fランクのリルドの毎日は、誰にも気づかれない「秘密の庭」を慈しみながら、今日も穏やかに更けていく。




