第317話
家に着くと、リルドは摘んできたばかりの薬草の残りを、キッチンの壁に吊るして乾かし始めた。部屋の中に、爽やかな森の香りが微かに広がる。
「よし、これで明日にはいい香りのポーションができるね」
風呂を沸かし、ゆっくりと肩まで浸かる。今日は誰にも髪を乱されることもなく、静かな一日だった。お湯の温かさがじんわりと身体に染み込み、心地よい眠気がやってくる。
風呂から上がると、リルドは綿の寝間着に着替え、昨日よりも少しだけ蜂蜜を多めに入れたハーブティーを淹れた。
ソファに深く腰掛け、ラッファードを傍らに置く。
「今日は本当に静かだったね、ラッファード」
『……ふむ。静かすぎて、我の刀身が少し退屈で欠伸をしておるわ。だが、お主が機嫌良くハーブティーを啜っておるなら、それで良しとしよう』
リルドはティーカップを置き、ふと思い立って、窓辺の棚から一冊の古びた手帳を取り出した。そこには、彼が今までに見つけた「綺麗な形の石」や「珍しい植物」のスケッチが、細かな筆致で描かれている。
最強の魔術で知識を脳内に直接刻むこともできるが、こうして自分の手で描き留める時間が、彼にとってはかけがえのない財産だった。
「(あ、この石はあの河原で見つけたやつ……。この草は、雨上がりにしか咲かないんだよね……)」
ページを捲るたびに、小さな思い出が蘇る。
隣ではクロが、リルドの膝の上で丸くなって眠り始めていた。
夜が更け、外では虫の音だけが規則正しく響いている。
リルドは手帳を閉じ、大きく伸びをしてから寝室へ向かった。
「おやすみ、クロ。おやすみ、ラッファード」
枕元にいつものようにラッファードを置き、リルドは吸い込まれるように深い眠りに落ちた。
最強の力を持ちながら、何者にもなろうとせず、ただ自分だけの小さな幸せを積み重ねる。
万年Fランクのリルドの毎日は、穏やかな夜の闇に守られながら、今日も優しく、そして満ち足りた気持ちで更けていく。




