第315話
翌朝、リルドは鏡の前で入念に髪を整えていた。昨日のゴルドたちの「わしゃわしゃ」のせいで、寝癖とは違う変なハネが残っていたからだ。
「……今日は、絶対に撫でられないようにしよう。ラッファード、僕だって一応、大人の男なんだからね」
『ふむ。ならば少しは威厳というものを纏え。お主から漂うその「お日様の匂い」が、野良犬どもを呼び寄せるのだぞ』
「お日様の匂いって……ただの洗濯したての服だよ」
リルドは気合を入れ直し、いつもより少しだけ「キリッ」とした表情でギルドの扉を開けた。
ギルドに入ると、案の定、中央のテーブルには昨日のゴルドたちが陣取っていた。リルドは彼らと目を合わせないよう、壁際を忍び足で移動し、掲示板の端にある『薬草採取』の依頼札を素早く剥がした。
「(よし、気づかれてない……!)」
そのまま受付へ向かおうとした瞬間、背後から大きな影が忍び寄る。
「よう、リルド! 今日も朝からコソコソしてんなぁ!」
「ひゃっ!? ……あ、ゴルドさん……。おはよう、ございます……」
リルドが肩をすくめて振り返ると、ゴルドはニカッと白い歯を見せて笑った。そして、リルドの「キリッ」とした顔を見るなり、目尻を下げてさらに手を伸ばしてくる。
「なんだその顔、生意気で可愛いじゃねぇか。ほら、今日も頑張ってこいよ!」
ガシッ、と昨日よりさらに力強く頭を掴まれ、せっかく整えた髪がこれでもかと乱される。
「……っ、もう! だから、やめてくださいってば! 髪、セットしたのに!」
「がはは! お前はボサボサの方が似合ってるぜ、仔兎ちゃん!」
リルドは頬を膨らませ、ぐちゃぐちゃになった頭を両手で押さえながら、逃げるようにギルドを飛び出した。
森の中、リルドは川面に映る自分の姿を見て溜息をついた。
「……全然、威厳なんて出ないや。クロ、僕ってそんなに子供っぽいのかな?」
「キー……(困ったね)」
クロは慰めるように、リルドの乱れた前髪をくちばしで整えてくれる。
リルドは気を取り直し、採取作業に没頭した。土の温度を指先で確かめ、薬草が一番喜ぶ角度で茎を切り取る。この静かな時間だけが、彼の心を癒やしてくれた。
帰り道、籠いっぱいの薬草を抱えて歩いていると、またしてもゴルドたちと道端で遭遇してしまった。
「お、リルド。また会ったな。収穫はどうだ?」
「……。順調です。……あ、近寄らないでくださいね。今は手が塞がってるんですから」
リルドが警戒して距離を取ると、ゴルドの隣にいた魔法使いの女性がクスクスと笑った。
「ゴルド、あんまりいじめちゃダメよ。ほら、リルドくん、本当にお疲れ様」
そう言って彼女が歩み寄り、優しくリルドの頭を「よしよし」と撫でた。
「……っ!! ゴルドさんだけじゃなくて、シェラさんまで……!」
「あら、ごめんなさい。つい、いい手触りだったから」
リルドは耳まで真っ赤にして、俯いたまま小走りでギルドへと向かった。
ギルドのカウンター。リルドは半ば涙目で、ぐしゃぐちゃの頭のまま薬草を差し出した。
「ただいま、受付さん。……今日の、分です……。もう、みんな酷いんだ……」
「おかえりなさい、リルドさん。……あらあら、今日はさらに悪化しちゃいましたね。でも、それだけみんなに愛されてるってことですよ?」
「そんな愛され方、求めてません……!」
リルドがぷりぷりと怒りながら報酬の銅貨を受け取っていると、背後から「おーい、リルド!」と再びゴルドの野太い声が響いた。
「(……っ! 逃げるよ、クロ! ラッファード!)」
リルドは報酬を握りしめると、振り返ることもせず、脱兎のごとくギルドを飛び出していった。
最強の力を秘め、世界の理を書き換えるほどの手を持ちながら、ギルドの先輩たちの「撫で撫で攻撃」からは、どうしても逃げ切れない。
万年Fランクのリルドの毎日は、誰かの親愛に翻弄されながら、今日も賑やかに、そしてちょっぴり切なく更けていく。




