第312話
ギルドでの報告を終え、リルドは食堂で簡単に夕食を済ませると、夜風に吹かれながら家路についた。
街の灯りが一つ、また一つと消えていく中、リルドの小さな家だけが温かな光を窓から漏らしている。
「ふぅ……。やっぱりお家が一番だね。さて、お風呂に入るよ。クロ、一緒に行こう」
「キー!」
温かな湯気に包まれ、アルト村までの旅の疲れを洗い流す。湯船に浸かりながら、リルドは今日あった不思議な村の男性の反応を思い出して首を傾げたが、温かさですぐに思考が溶けていった。
風呂から上がると、お気に入りの柔らかな寝巻きに着替え、ソファに深く腰を下ろして寛ぐ。
その傍らで、立てかけられたラッファードが何やら不満げにブツブツと唸っていた。
『……解せぬ。あの村の男の狼狽ぶり、そしてお主のあの無防備な転び方……。我という名剣が傍にありながら、あのような軟弱な腕に抱かれるとは、剣の矜持が……』
「(もう、ラッファード。助けてもらったんだから、そんなこと言わないの)」
夜が更け、リルドは寝室のベッドに潜り込んだ。
ひんやりとしたシーツの感触が心地よい。リルドはふと思い立ったように、枕元に置いたラッファードを、まるで抱き枕のようにぎゅっと腕の中に抱きしめた。
『……っ!? こ、こらぁ!! リルド! 何を考えておる! 離せ、我のことも少しは考えよ!』
「ええ? いいじゃない。なんだか落ち着くんだもん。ラッファード、ひんやりしてて気持ちいいよ」
リルドは眠気に誘われながら、さらに力を込めて抱きしめる。
『だめだって……! お主の……その、密着しすぎだ! 我は意思を持つ剣なのだぞ! お主の……その柔らかさが……』
「(むぅ……)」
リルドは半分眠りながら、うるさいラッファードの鞘を拳でポカッと軽く殴った。
「いいでしょ! 減るもんじゃないし。それに、何度も言ってるけど僕は男だよ。変なこと気にしすぎ」
『あいたっ! ……むぅ、わかった、わかったから殴るな……。お主というやつは……』
ラッファードは観念したように沈黙したが、その刀身は心なしか、リルドの体温を吸って微かに熱を帯びているようだった。
「おやすみ、ラッファード。おやすみ、クロ……」
最強の魔剣を抱き枕にし、本人はその「威力」に全く気づかないまま深い眠りに落ちていく。
万年Fランクのリルドの夜は、悶絶する剣の溜息を子守唄に、今日も穏やかに、そしてちょっぴり甘く更けていく。




