第310話
「おいおい、そんなに縮こまるなよ! ギルドの使いなら、まずは一杯どうだ?」
体格の良い男二人は、リルドの両脇を固めるようにドスンと座り、地元の強い地酒が入ったジョッキを差し出してきた。
「あはは……。じゃあ、少しだけ」
リルドは断りきれず、一口、また一口と酒を運んだ。すると、普段は静かな彼の中に眠っていた「石や草への情熱」が、アルコールの力で一気に溢れ出した。
「……いいですか? 石っていうのはね、ただ転がっているだけじゃないんです。あの河原の、角が取れた丸み! あれは数十年、数百年という時間の結晶なんですよ! それを! 誰も見向きもしないなんて……もったいないと思いませんか!?」
「お、おう……? 確かにそう言われると……」
「薬草だってそうです! 根っこを抜く時の、あの土が『ふっ』と緩む瞬間。あれこそが自然との対話なんです! 効率とか名声なんて、そんなの二の次なんですよ!」
リルドの瞳はキラキラと輝き、身振り手振りを交えた熱弁に、いつの間にか酒場の村人たちも聞き入っていた。
「……深いな」「兄ちゃん、あんた本当の『豊かさ』ってやつを知ってるんだな!」と、なぜか最後には村中がリルドの哲学に深く賛同し、拍手喝采の嵐となった。
「うぅ……回る……」
すっかり出来上がったリルドを、介抱役の男が肩を貸して二階の客室まで運んでくれた。
「ほら、着いたぞ。しっかりしろ……っと!」
ベッドにリルドを横たえようとした瞬間、男の足がもつれ、勢い余ってリルドを押し倒すような形になってしまった。その時、無意識にリルドが「うーん……」と呟きながら、バランスを取ろうと男の首筋にぎゅっとしがみついた。
(……!?)
男の心臓が跳ね上がる。腕の中に収まったリルドの体は驚くほど細く、そして……。
(な、なんだ……? こいつ、男のわりには……柔らかすぎないか!? それに、めちゃくちゃいい匂いがする……)
男は真っ赤になり、慌ててリルドを布団に押し込んで、逃げるように部屋を飛び出した。
翌朝。リルドが少し重い頭を押さえながら一階へ降りると、昨夜の男が朝食を運んでいた。
「おはよう。昨日は……ええと、送ってくれてありがとう」
「お、おう……。おはよう。……飯、そこに置いとくからな」
男はなぜか一度も目を合わさず、ぎこちない動きで皿を置くと、足早に去っていった。耳まで赤くなっている。
「(どうしたのかな? 怒らせちゃうようなこと言ったかな……)」
『……ふん。無自覚めが。お主のその「隙」だらけの寝顔と柔らかさが、純朴な村男の一生モノのトラウマ(あるいは初恋)を植え付けたのだぞ』
腰のラッファードが呆れたように念じ、クロも「キー……(困ったね)」と翼で顔を覆った。
最強の力以前に、その存在自体が誰かの心を揺らして。
万年Fランクのリルドは、理由のわからない気まずさを感じながら、今日も美味しそうに朝食のパンを頬張るのだった。




