第309話
翌朝、リルドは窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました。
枕元ではクロが羽を整え、ラッファードは朝日を反射して静かに佇んでいる。
「おはよう、クロ。……さて、今日も始めようか」
台所に向かい、昨日の残りのスープを火にかける。コトコトと温まったスープの優しい香りが部屋に広がり、少し硬くなったパンを浸してゆっくりと口に運んだ。特別な贅沢はないけれど、体の中にじんわりと体温が満ちていくこの時間が、リルドは何よりも好きだった。
ギルドに到着すると、相変わらず冒険者たちの怒鳴り声や笑い声が響いていた。リルドはいつものように掲示板の端へ歩み寄る。
ふと、他の依頼書に押しつぶされるようにして、端っこで薄汚れてしまった一枚の紙が目に留まった。それはまるで、長い間誰かが自分を見つけてくれるのを、じっと息を潜めて待っていたかのような……「やっと見つけてもらえた」という、微かな吐息が聞こえてきた気がした。
「……これだね」
剥がし取ったのは『アルト村への物資お届け』という依頼だった。
「おはよう、受付さん。今日はこのアルト村まで行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。あぁ、その依頼……場所が少し遠くて報酬も少ないから、ずっと残っていたんです。助かります、よろしくお願いしますね」
リルドは街を出て、のんびりと街道を歩き始めた。
途中で綺麗な形の枝を拾ったり、クロと追いかけっこをしたりしながら進む。急ぐ旅ではないけれど、リルドの歩みは無駄がなく、夕暮れが大地を黄金色に染める頃には、小さなアルト村の入り口に辿り着いた。
村長に物資を届けると、彼は「こんなに早く届くなんて!」と手を叩いて喜んでくれた。
「今日はもう遅い。手配しておいた宿屋に泊まっていきなさい」
案内された宿屋は古びていたが、手入れが行き届いていて心地よい。
リルドは荷物を置くと、一階の酒場で夕食を摂ることにした。
地元の野菜をふんだんに使った煮込み料理をハフハフと食べていると、不意に背後から影が差した。
「おい、あんた。見かけない顔だな」
「ギルドの使いか? こんな遠くまで一人で来るとは、いい度胸じゃねぇか」
振り返ると、そこには体格の良い、村の男二人がニヤニヤしながら立っていた。
リルドはスプーンを止めて、困ったように眉を下げた。
「(……なんだか、賑やかな夜になりそうだね、ラッファード)」
『ふむ。お主の「お散歩」に、少しばかりスパイスが加わるというわけか。わっはっは!』
万年Fランクのリルドの夜は、村の男たちの洗礼(?)を受けながら、穏やかに、そしてちょっぴり騒がしく更けていく。




