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ひだまりのFランク冒険者  作者: みなと劉


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306/346

第306話

翌朝、リルドはいつものように柔らかな陽光の中で目を覚ました。

枕元ではクロが羽を休め、ラッファードは朝日を浴びて静かに佇んでいる。

「おはよう、クロ。……うん、今日もいい天気だね」

特別な予感も、騒がしい予兆もない。ただ、窓の外を流れる雲が穏やかで、近所の家の朝食の匂いが微かに漂ってくるような、至って普通の朝だ。

リルドは身支度を整えると、腰にラッファードを差し、肩にクロを乗せてギルドへと向かった。

ギルドの扉を開けると、そこにはいつも通りの喧騒があった。

「おい、昨日の酒代、お前が払う番だろ!」

「うるせぇ、今日は大型の魔獣を狩って一攫千金だ!」

冒険者たちが大声で笑い合い、食器の触れ合う音や、掲示板の前で依頼を奪い合う活気が満ちている。

リルドはその騒ぎの輪には加わらず、いつものように壁際を歩いて掲示板の端へと向かった。

新しい依頼が次々と上から重ねられる中で、一番下の角に、ひっそりと、そして色褪せた一枚の依頼書が残っていた。

「(……これ、ずっとここにあるね)」

リルドが指先で埃を払い、その紙を手に取った。

そこには、震えるような幼い字で、こう綴られていた。

『あのね、赤い花、、すごく綺麗なの…でもどこにあるのか、名前もわからない…けれども探してほしい…』

報酬欄には、小さな木の実が一つ、丁寧に描かれているだけだった。

『……ふむ。名前も場所もわからぬ赤い花か。お主、またそんな「正解」のない探し物をするつもりか?』

「(あはは、なんとなく……この子がその花を見て、どれだけ感動したか伝わってくるからね)」

リルドは、色褪せたその紙を受付へと運んだ。

「おはよう、受付さん。今日はこの『赤い花』を探してくるよ」

受付嬢は、リルドが持ってきた古い依頼書を見て、少し驚いたように目を丸くした。

「おはようございます、リルドさん。……ああ、その依頼。もう何ヶ月も前からそこにあって、誰も見向きもしなかったものです。場所も名前もヒントがなさすぎて、受理する人もいなかったんですけど……。リルドさんなら、見つけてくれそうな気がしますね」

「うん、お散歩がてら、街の周りを見てくるよ」

リルドは街を出ると、風の吹く方向や、土の湿り気を肌で感じながら歩き出した。

特に急ぐ風でもなく、ただ道端に咲く名もなき草花を愛でながら、一歩一歩、確かな足取りで森の入り口へと向かう。

『……リルドよ。赤い花など、この季節ならどこにでも咲いているぞ。お主はどうやって、その「たった一つ」を見極めるのだ?』

「(……きっと、心が一番赤く染まる場所にあると思うんだ)」

リルドは「視野拡大」を使うこともなく、ただ五感を研ぎ澄ませて、森の奥へと続く古い獣道を辿っていった。

特別な魔法も、劇的な展開もない。

ただ、静かな時間が流れ、リルドの足音が枯れ葉を鳴らす音だけが響いている。

夕暮れ時、リルドはギルドに戻ってきた。

その手には、夕陽よりも深く、しかしどこか優しく輝く「一輪の赤い花」が握られていた。

「ただいま、受付さん。……見つかったよ。名前はわからなかったけど、きっとこの花だと思うんだ」

リルドがカウンターにその花を置くと、不思議なことに、騒がしかったギルドの空気が一瞬だけ、ふわりと和らいだような気がした。

「おかえりなさい、リルドさん! ……なんて綺麗な赤。見たこともない花だけど、見ているだけで心が温かくなりますね。……はい、受理のスタンプを押しておきますね」

報酬の銅貨を受け取り、リルドは満足げに微笑んだ。

最強の力で秘宝を探し出す代わりに、名もなき子の記憶にある「綺麗」を形にして届ける。

万年Fランクのリルドの日常は、誰にも気づかれない小さな願いを叶えながら、今日も穏やかに、そして贅沢に更けていく。


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