30話
リルドは、呆然とする職員と親のスウェアキャットに見送られながら、保護機関を後にした。背中の籠には空になった水筒と、少しだけ猫の残り香が漂っている。
「ふふ、喜んでもらえてよかった。やっぱり、綺麗になるのは気持ちがいいもんね」
夕暮れ時の街道を、彼はのんびりと歩き出した。
ところが、街の入り口に近づくにつれ、何やら騒がしい空気が伝わってくる。前方を走る数人の冒険者たちが、装備をガチャガチャと鳴らしながら、ひどく慌てた様子で門をくぐっていくのが見えた。
「おい、急げ! ギルドに報告だ!」
「まさか、あのランサーアントの群れが全滅してたなんて……一体誰がやったんだよ!」
彼らは、リルドが午前中に「ついで」で片付けた現場から戻ってきた者たちのようだった。リルドは「あちゃあ」と困ったように眉を下げ、彼らに気づかれないよう、少し速度を落として距離を置いた。
「そんなに慌てなくてもいいのに。道が通りやすくなったんだから、それで万々歳じゃないか」
彼は独り言をこぼしながら、騒ぎを避けるように裏道を通ってギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、中は異様な熱気に包まれていた。
先ほど追い抜いていった冒険者たちが、受付で身振り手振りを交えながら「一撃でひっくり返ってたんだ!」と興奮気味に報告している。
リルドはその騒ぎを横目に、一番端にある、比較的静かな窓口へとスッと歩み寄った。
「ただいま。受付さん、依頼の報告をお願いするよ」
「あ、リルドさん! おかえりなさい。……ええと、スウェアキャットのお風呂、ですよね? 無事に終わったんですか?」
受付嬢は、まだ隣の窓口で起きている「謎の強者」の話題に気を取られながらも、リルドの書類を受け取った。
「うん、みんなとってもいい子だったよ。最後はすごく気持ちよさそうにしてくれて、僕も嬉しかったな。職員さんも、スウェアキャットのお母さんも、なぜかずっと驚いてたみたいだけど」
「驚いてた……? ああ、あの子たちが大人しくしてたことに、でしょうね。リルドさんにかかると、どんな猛獣も大人しくなっちゃうみたいで不思議です」
彼女はリルドが提出した完了報告書に判を押し、報酬の銅貨を差し出した。
「お疲れ様でした。はい、これ報酬です。……あ、そういえばリルドさん、帰り道で何か見ませんでした? 街道沿いの魔獣が、小石一つで倒されてたっていう信じられない報告が入ってるんですけど……」
「えっ、小石? ……うーん、どうだろう。僕は道端の花とか雲を見てたから、気づかなかったなぁ」
リルドはとぼけた様子で首を傾げると、報酬の袋をポケットに仕舞い込んだ。
「じゃあ、僕はこれで。明日は何をしようかな」
背後で鳴り止まない「英雄探し」の喧騒をあとに、リルドは軽やかな足取りでギルドを出た。沈みゆく夕日が、万年Fランク冒険者の背中を優しく、オレンジ色に照らしていた。




