3話
翌朝、リルドはいつもより少しだけ遅く目を覚ました。
窓から差し込む柔らかな光が、昨日並べた河原の石を白く照らしている。
「今日は……あそこの河原の、もっと上流に行ってみようかな」
リルドは小さなパンと干し肉を布に包み、使い古された籠を背負って家を出た。
ギルドに顔を出すと、昨日の剣士の青年が仲間と何やら話し込んでいたが、リルドは目立たないように壁際を歩き、常設依頼の「河原の清掃と石材確保」の依頼書を手に取る。
「あ、リルドさん。またその依頼?」
受付嬢が苦笑いしながらスタンプを押す。
「うん。上流の方に、面白い形の石があるって噂を聞いたから」
「ふふ、相変わらずね。あ、そうだ。上流はたまに足場が悪いから気をつけて」
リルドは「はーい」とのんびり答え、街の外へと歩き出した。
森を抜け、川のせせらぎが聞こえてくる。
上流へ向かうにつれ、道は険しくなり、普通のFランク冒険者なら足を踏み入れないような岩場が続く。しかし、リルドは羽が生えているかのような軽い足取りで、ひょいひょいと岩を飛び越えていった。
目的の場所に到着すると、そこには人の拳ほどの大きさの、滑らかに削られた真っ白な石がたくさん転がっていた。
「わあ、これはいい。お漬物の重石にも良そうだし、庭に並べても綺麗だろうな」
リルドが楽しそうに石を選んでいると、背後の崖の上から不穏な音が響いた。
「グルル……」
見上げると、そこには三つの目を持つ巨大な銀狼「トリプルアイズ・シルバーウルフ」が、獲物を定めるようにリルドを見下ろしていた。
本来なら、Bランク以上のパーティーが数組がかりで挑むような強靭な魔獣だ。
銀狼は音もなく崖を駆け下り、リルドの背後から鋭い爪を振り下ろした。
「……危ないなぁ。せっかく選んだ石が汚れちゃうじゃないか」
リルドは振り返りもせず、背負っていた籠をほんの少しだけ横にずらした。
銀狼の爪は空を切り、勢い余って地面に激突する。
リルドは、よろけた銀狼の首筋を、石を拾うついでに指先で「トン」と軽く叩いた。
それだけで、山をも揺るがす力を持っていた銀狼は、まるで電池が切れた人形のようにその場に力なく横たわった。
「よし、この石にしよう」
リルドは何事もなかったかのように、お気に入りの白い石を籠に詰めた。
気絶した銀狼のふかふかとした毛並みを見て、リルドはふと思いつく。
「そうだ。この子の毛、少しだけ抜けてるのを貰っていこう。枕の詰め物にしたら暖かそうだし」
リルドは地面に落ちていた銀の抜け毛を丁寧に拾い集めると、満足げに鼻歌を歌いながら、来た道を戻り始めた。
夕暮れ時、リルドがギルドに戻ると、館内が少し騒がしかった。
「上流に銀狼が出たって報告があったんだ! 捜索隊を出さないと!」
慌てふためく冒険者たちの脇を、リルドは「お疲れ様ですー」と言いながら通り抜ける。
「あ、リルドさん! 無事だったのね!」
受付嬢が駆け寄ってくる。
「うん、いい石が拾えたよ。あと、これ。道に落ちてたから、何かの素材になるかな?」
リルドが差し出したのは、銀狼の美しい抜け毛だった。
それを見たギルドマスターが、奥から目を見開いて飛び出してきた。
「こ、これは……銀狼の毛じゃないか! それも、これほど純度の高い……。リルド、お前、まさか戦ったのか?」
「え? いえいえ、ただ落ちてたのを拾っただけですよ。お掃除のついでです」
リルドはあははと笑い、報酬の銅貨数枚を受け取ると、さっさとギルドを後にしてしまった。
「……あいつ、またやりおったな」
ギルドマスターは呆れたように息を吐き、手の中の銀の毛を見つめた。
その夜、リルドの家では、拾ってきた真っ白な石が庭に美しく並べられ、銀狼の毛で作った小さなクッションが、彼のお昼寝用として窓辺に置かれていた。
リルドは満足そうに伸びをして、静かな夜の闇に目を閉じる。
明日もまた、薬草を摘んで、石を拾う。
それ以上の幸せなんて、彼には必要なかった。




