第300話
翌朝、リルドは窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました。
枕元では、昨日洗ったばかりのシーツが太陽の香りをさせている。
「おはよう、クロ。今日もいい天気だね」
「キー!」
クロが元気に羽ばたき、リルドの肩に止まる。
『リルドよ、おはよう。昨夜のハーブティーは良い香りであったな。おかげで我も夢の中で伝説の聖剣として祀られる夢を見たぞ(実際は机の上であったがな)』
「あはは、それはよかったね、ラッファード」
リルドは身支度を整えると、腰にラッファードを下げ、クロを連れてギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、食堂の隅で簡単な朝食を済ませることにした。
焼きたてのパンとスープを口に運んでいると、隣のテーブルでは冒険者たちが「あのテント選びの若者、さっそく近場の草原で初野営に行ったらしいぜ」「リルドに選んでもらったなら安心だな」と噂している。
リルドはそれを聞き流しながら、掲示板のいつもの位置を確認した。
「おはよう、受付さん。今日はこれをお願いするね」
掲示板から剥がしたのは、地味ながらも街の美観を支える大切な仕事だった。
『広場中央、石畳の清掃』
『街門付近、刻印石のメンテナンス』
「おはようございます、リルドさん! あら、どちらも根気のいる作業ですね。刻印石は魔力の通りが悪くなると、街の結界にも影響しますから、よろしくお願いしますね」
「うん、丁寧に磨いてくるよ」
まずは広場の石畳。リルドは「操作魔法」を極めて繊細に使い、石の隙間に詰まった頑固な泥汚れだけを浮かび上がらせていく。
『ふむ……石畳の汚れを落とすために、これほど高密度な振動魔法を使うのは、世界広しといえどお主ぐらいであろうな。石が喜んでおるわ』
「だって、力いっぱい擦ったら石が傷ついちゃうでしょ?」
リルドが歩いた後の石畳は、まるで敷き直したばかりのように白く輝き、通りかかる街の人々も「おや、今日は一段と綺麗だね」と足を止めていた。
次に街門へと向かい、街を守る魔術回路が刻まれた「刻印石」の前に立つ。
長年の風雨で刻印の溝に砂が入り込み、魔力の巡りが悪くなっている。
リルドは指先から細い魔力の糸を出し、溝の一つ一つをなぞるように掃除していく。ついでに、「言語理解」の応用で刻印に込められた術式の「疲れ」を感じ取り、そっと新鮮な魔力を流し込んで補強した。
その時、門の近くで待機していた警備兵たちが、「おい、なんだか急に結界が安定したぞ?」「魔力が澄んでいくような……」と顔を見合わせていたが、リルドは「よし、これでまた当分は大丈夫だね」と、古布で石を優しく拭きあげていた。
夕暮れ時、リルドは満足げな表情でギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。石畳も刻印石も、ピカピカにしておいたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。門の警備兵さんからも『結界の調子がすごく良くなった』って感謝の連絡が来ていましたよ。リルドさんの丁寧なお仕事のおかげですね。はい、報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード。クロ。今夜は昨日より少しだけ良い茶葉を使ってみようかな」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは夕焼けに染まる道を歩き出す。
最強の力で魔王を倒す代わりに、街の石を磨き、結界の疲れを癒やす。
万年Fランクの日常は、誰にも気づかれない「街の健康」を守りながら、今日も穏やかに、そして温かく更けていく。




