第299話
翌朝、リルドは窓から差し込む眩しい日差しと、クロが頬を突っつく感触で目を覚ました。
「ふあぁ……。おはよう、クロ。今日は一段と明るいね」
リルドが寝ぼけ眼で身体を伸ばすと、枕元に立てかけられたラッファードが、心なしかいつもより凛とした響きで声を上げた。
『リルドよ、本日は洗濯日和であるな。この陽光、そして適度な乾いた風……。絶好の「布干し」日和と言わざるを得ん!』
「そうだね。昨日、銀狼の毛をもらったから、クッションのカバーも新しく洗おうかな」
『キー!』
クロも賛成するように羽を広げる。リルドはさっそく、昨日拾ってきた白い石が並ぶ庭に洗濯紐を張り、洗い立てのシーツや服を干し始めた。風に揺れる真っ白な布が、キラキラと太陽を反射している。
洗濯を終えてギルドに向かうと、入り口付近では昨日の「銀狼の毛」の噂を聞きつけた冒険者たちが、まだ熱っぽく語り合っていた。
「おい、聞いたか? 上流の銀狼、誰かに首筋を軽く突かれただけで気絶してたらしいぜ」
「自警団が行った時には、もう起きて森の奥へ逃げてたらしいが……一体どんな達人がそんな真似を……」
「(……あはは、すぐ起きるって言ったのに、みんな大げさだなぁ)」
リルドは気配を消して、掲示板のいつもの位置を確認した。
「おはよう、受付さん。……あ、これ、面白そう」
リルドが手に取ったのは、依頼というよりは相談に近いような内容だった。
『古びた石畳の隙間に生えた、頑固な「鋼草」の除去』
「鋼草……。根っこが鉄みたいに硬くて、普通の鎌じゃ折れちゃうんだよね。これ、僕がやっておくよ」
街の広場。美しい石畳の隙間から、銀色に光る鋭い葉がツンツンと飛び出している。放置すれば石畳を割ってしまう厄介者だが、リルドはそれを愛おしそうに眺めた。
「君たち、こんなに硬くなって……頑張ったんだね。でも、ここはみんなが歩く場所だから、別のところに引っ越そうか」
リルドは指先にほんの少しだけ「振動」の魔力を込め、鋼草の根元にそっと触れた。すると、岩盤に食い込んでいた鉄の根が、まるで魔法が解けたように「ふわり」と緩む。
『……ふむ。鋼の性質を持つ植物を、分子レベルで弛緩させるとは。お主、その精密な魔力操作を、相変わらず草むしりだけに費やすのだな』
「だって、力ずくで抜いたら石畳が傷んじゃうじゃない」
リルドが丁寧に鋼草を抜き、空いた隙間にさらさらと砂を詰めて均していくと、石畳はまるで新品のような美しさを取り戻した。
夕暮れ時、リルドは抜いた鋼草(これはこれで、良い研磨剤の材料になる)を持ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。石畳、綺麗にしておいたよ。この草、工房の人に渡せば何かに使えると思うんだ」
「おかえりなさい、リルドさん! まあ、あんなに頑固だった鋼草を全部? 工房の親方が泣いて喜ぶわ。はい、こちら報酬の銅貨よ。……あ、それと、昨日の銀狼の毛を鑑定した結果、最高級の品質だったってマスターが腰を抜かしていたわよ」
「あはは、ただの抜け毛なんですけどね。……さて、帰ろうか、ラッファード。クロ」
報酬をチャリンと鳴らし、リルドは帰り道に河原へ寄った。
夕陽に照らされた川面を見ながら、昨日拾った白い石と同じような、別の「お気に入り」がないか探してみる。
最強の力を持ちながら、その手で掴むのは、一輪の草と、一つの石。
万年Fランクのリルドは、乾いた洗濯物の良い香りに包まれる自宅を思い描きながら、今日も穏やかに、贅沢な足踏みを楽しんでいる。




