第284話
翌朝、リルドは窓の外で「キー、キー!」と誇らしげに鳴くクロの声で目を覚ました。見ると、クロが庭に落ちていたドングリを拾い集め、枕元に綺麗に並べている。
「おはよう、クロ。……あはは、それでお手伝いするつもり? ありがとう」
『おはようリルド。お主の「ドングリ散弾」に感銘を受けたようだな。この調子では、我が家の庭が弾薬庫になるのも時間の問題か』
ラッファードの軽口を受け流しながら、リルドは身支度を整え、クロを肩に乗せてギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、そこはもはや「肉の哲学」を超えた「新種発見」の熱狂に包まれていた。
「いいか! 俺はついに見つけたぞ! 『マウンテン・ゴート』の岩塩焼きだ! 高地の草を食って育った肉は、それ自体が芳醇なハーブの香りがするんだ!」
「甘いな! ならば俺は『深海大蟹』の脚肉を推すね! 溢れ出す濃厚な味噌と、プリップリの身……これこそが海の宝石だぜ!」
「蟹は肉じゃなくて魚介だろ! ここはやはり、原点回帰で『黄金の鶏』の丸焼きに……」
「(みんな、朝から本当に元気だなぁ……)」
リルドが微笑ましく掲示板を眺めていると、最下段に貼られた少し風変わりな依頼が目に留まった。
『「ささやきの洞窟」にある、伝説の「究極の調味料」を探せ』
「究極の調味料? ……料理好きとしては、放っておけないね」
「ささやきの洞窟」は、風が吹き込むたびに人の話し声のような音が聞こえる神秘的な場所だった。リルドは「風魔法」で周囲の音を遮断し、クロの鋭い聴覚を頼りに奥へと進む。
『……リルド、あそこの岩肌を見てみろ。水滴が滴り、結晶化しておる。あれはただの塩ではないな』
岩の隙間から染み出し、数百年かけて結晶化した「古代の雫塩」。それは一粒口に含んだだけで、素材の旨味を千倍にも引き出すと言われる伝説の塩だった。
「これかな? すごく透明で、宝石みたいに綺麗だ……」
その時、洞窟の暗がりから、縄張りを荒らされたと怒る『ストーン・ゴーレム』が地響きを立てて現れた。
「ごめんね、少しだけ分けてもらうよ。クロ、目潰しお願い!」
「キーッ!」
クロが超音波でゴーレムの平衡感覚を狂わせた隙に、リルドはポケットから「ドングリ」……ではなく、採取の時に拾った「丸い小石」を手に取った。
指先で魔力を一点に集中し、デコピンの要領で「ピンッ!」と弾く。
ガキンッ! と激しい火花が散り、小石はゴーレムの動力源である「核」の隣にある関節部分を正確に射抜いた。崩れ落ちるゴーレム。リルドは「後でちゃんと元に戻るように、魔力を残しておくからね」と優しく呟き、結晶を回収して洞窟を後にした。
夕暮れ時、リルドは小さな瓶に詰めた「雫塩」を持ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。究極の調味料、見つけてきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……まあ、これは伝説の『神の涙』と言われる岩塩! 王宮の料理人も欲しがる一品ですよ。はい、こちら報酬の銅貨です。……あ、それと、洞窟付近で『膝から崩れ落ちて反省しているゴーレム』が見つかったそうですが……」
「……きっと風のイタズラですよ。あはは。……帰ろう、ラッファード。クロ、今夜はこの塩を使って最高のご飯にしようね」
『うむ。小石で巨像を沈め、伝説の味を手に入れる。……今日のお主は、まさに「味の探求者」であったな。さあ、今夜は「マウンテン・ゴート」にも負けない、究極の塩むすびと、とびきりの肉料理を楽しもうではないか』
「(ふふ、賛成! シンプルな料理ほど、この塩の凄さがわかるもんね)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、懐に入れた究極の塩の重みを感じながら、リルドは茜色の道を歩いていった。
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の味を食卓に添えながら、今日も穏やかに、そして美味しく更けていく。




