28話
ギルドの中に漂う、朝独特の騒がしさと木漏れ日。リルドはいつものように、掲示板の隅っこで「次なる日常」を探していた。
高ランクの討伐依頼を巡って、若手冒険者たちが「俺がやる!」「いや、俺の獲物だ!」と鼻息を荒くしているが、彼の目的はもっと平和な場所にある。そんな中、一枚の少し毛羽立った依頼書が目に留まった。
「……ん? 『スウェアキャットの子供たちをお風呂に入れる』、か。これはまた、賑やかそうな依頼だなぁ」
スウェアキャット。見た目は愛くるしいが、その名の通り「悪態(Swear)」をつくような生意気な性格と、素早い動きで知られる魔獣だ。それが子供となれば、さらにやんちゃだろう。
リルドは迷わずその紙を剥がし、いつもの受付嬢のところへ持っていった。
「受付さん、今日はこれにするよ」
彼が差し出した依頼書を見て、彼女は目を丸くした後、同情するような苦笑いを浮かべた。
「リルドさん……よりによってそれを選ぶなんて。その子たち、保護機関でも有名なんですよ? 職員が三人かかりでも、一滴も濡らせずに逃げ回るって。お風呂の時間は、まさに戦場だって聞いてますけど……本当に大丈夫?」
「いいんだよ。僕、こういう賑やかなのは嫌いじゃないからね。お散歩がてら、ちょっと様子を見てくるよ」
「……分かりました。怪我をしないように気をつけてくださいね。あの子たちの爪、結構鋭いですから」
報酬の安さに見合わない苦労が目に見えているのか、受付嬢の「いってらっしゃい」には、いつも以上の心配がこもっていた。
街の喧騒を離れ、木々のざわめきが心地よい郊外へと足を向ける。しばらく歩くと、レンガ造りのこぢんまりとした建物が見えてきた。ここが「スウェアキャット保護機関」だ。
「失礼します。ギルドから依頼を受けてきました、リルドです」
リルドが中に入ると、すぐにドタバタという騒がしい足音と、職員の「待ちなさーい!」という悲鳴に近い声が聞こえてきた。奥から出てきた中年の女性職員は、彼の顔を見るなり、地獄で仏に会ったような表情をした。
「ああ、冒険者さん! 来てくれて助かるわ。でも、覚悟はいいかしら? あの子たち、今はちょうど遊び盛りで、お風呂の気配を察しただけでこれなのよ」
職員が指差した先には、三匹の小さな毛玉が。スウェアキャットの子供たちは、棚の上に登ったりカーテンにぶら下がったりと、まさにやりたい放題だ。
「まずは仲良くなるところからだね。おーい、みんな、僕と一緒に遊ぼうか」
リルドは背中の籠から、道中で摘んできた「猫じゃらし」に似た薬草を取り出した。これを振ると、独特の甘い香りが広がる。
「シャッ!」「ニャニャッ!」
生意気な鳴き声を上げながらも、子供たちはリルドの持つ草に興味津々で飛びついてきた。
彼はわざと動きを緩めたり、不規則に動かしたりして、彼らの体力を少しずつ削っていく。縦横無尽に駆け回る子猫たち。リルドの「土木・清掃」の経験からくる予測能力は、今や彼らの着地地点を完璧に読み切っていた。
一時間もすれば、さすがのやんちゃ盛りも舌を出して床に転がった。
「よし、いい運動になったね。じゃあ、綺麗になろうか」
リルドは鼻歌を歌いながら、中庭にある大きな金だらいに手をかざした。
かつて極めた清掃スキルを応用し、「適温の、肌に優しいお湯」を手際よく準備していく。
「……よし、準備完了だ」
湯気がふわりと立ち上がる。これからが本番だ。
リルドは優しく、だが確実に、一匹目の子猫を抱き上げた。
「さあ、お風呂の時間だよ。大丈夫、僕がついてるから怖くないよ」




