第275話
夕食の合挽きハンバーグを完食し、リルドは満足げな息をついた。
「さて、クロ。今日も一緒にお風呂に入ろうか」
「キーッ!」と嬉しそうに鳴くクロを連れて浴室へ向かうと、脱衣所からは再びラッファードの凄まじい振動が伝わってきた。
『ぬおおお……! またか! また我を差し置いて、その毛玉とお湯の悦びを分かち合うのか! リルドよ、せめて……せめて桶に張ったお湯の隣に置いてはくれぬか!?』
「ダメだってば。湯気だけでも錆びるんだから。ほら、クロ、お湯加減はどう?」
お湯に浸かったクロは、昨日にも増して「うぃー……」と極楽浄土にいるような顔で目を細めている。リルドはそんなクロを優しく洗い、自分も一日の疲れを癒やした。
その夜、クロは当然のようにリルドの胸元に潜り込み、安心しきった様子ですやすやと眠りについた。リルドはその温もりを感じながら、クスクスと笑って眠りにつく。
翌朝。
「おはよう、クロ。おはよう、ラッファード」
『……おはよう。我が鋼の心は、昨夜の湿気(嫉妬)で少々曇っておるぞ』
リルドは苦笑しながらラッファードを丁寧に布で拭き上げ、ギルドへと向かった。
ギルドの食堂は、昨日リルドが夕飯に作ったハンバーグの影響か、肉料理の話題で持ち切りだった。
「おい、やっぱりこのチーズinハンバーグは最高だな! 中から溢れるチーズが暴力的なまでに美味い!」
「いや、この熱々のコロッケもまた然りだぜ。サクサクの衣を裏切らないジャガイモの甘みがたまらねぇ!」
「……いや、ここは刺激を求めて麻婆豆腐にするべきだ」
そんな議論を横目に、リルドはカウンターの端でクロと一緒に軽い朝食(クロには新鮮な果物)を済ませた。
今日の依頼は『マナ石の採取』と『薬草採取』だ。
森の奥でクロの超音波を頼りに、良質なマナ石と薬草を順調に集め終えた帰り道。
前方から冒険者が一人、必死の形相で走ってきた。
「逃げろ! 狂暴化した『フォレスト・ウルフ』の群れだ! 囲まれたら終わりだぞ!」
背後からは唸り声を上げ、鋭い爪を立てた狼たちが迫っている。リルドは落ち着いて足元に落ちていた手頃な枝を拾い上げると、瞬時に小刀で先端を鋭く研ぎ澄ませた。
「クロ、注意を逸らして!」
「キーッ!」
クロが鋭い超音波を放って狼たちの足を止めた瞬間、リルドは研ぎ澄ませた枝を次々と投げつけた。
シュッ! シュッ! と風を切る音と共に放たれた枝の槍は、狼の鼻先や足元に正確に突き刺さる。その尋常ならざる精度と威力に恐れをなしたのか、狼たちは一斉に尻尾を巻いて森の奥へと逃げ去っていった。
『……ふむ。ただの枝を名工の矢のように変えるとは。お主の投擲技術は相変わらず「Fランク」の枠を超えておるな』
夕暮れ時、リルドはいつものようにギルドの受付へ向かった。
「ただいま、受付さん。マナ石と薬草、持ってきたよ。あと、途中で狼が出たけど、もう大丈夫だと思う」
「おかえりなさい、リルドさん! さっきの冒険者が『神業のような枝投げを見た』と興奮して話していましたよ。あなたのことだったんですね。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか。クロ、ラッファード」
『うむ。石を拾い、草を摘み、枝一つで群れを払う。……今日のお主は、まさに「森の守護者」であったな。さて、今夜はチーズinハンバーグの続きか、それともコロッケか? 我はどちらでも構わんぞ(食べられんがな)』
「(あはは、どっちも作っちゃおうか!)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、肩の上の相棒と腰の魔剣と共に、リルドは茜色の道を軽やかに歩いていった。
万年Fランク冒険者の日常は、驚異の投擲術を隠し持ちながら、今日も穏やかに、そして美味しく更けていく。




