第273話
リルドは肩に小さな蝙蝠を乗せたまま、懐かしい我が家の門を潜った。
「今日からここが君の家だよ。仲良くしようね」
蝙蝠は嬉しそうに羽をパタパタとさせ、リルドの首筋に鼻を寄せた。
夕食には、市場で買った新鮮な果物を小さく刻んで出した。蝙蝠はそれを美味しそうに頬張り、リルドが作った特製のポトフの香りに包まれながら、すっかりリラックスした様子で食卓を囲んだ。
「さて、夕飯も食べたし、今日こそはお風呂に入ろうか」
リルドが脱衣所で服を脱ぎ始めると、肩にいた蝙蝠が期待に満ちた目でリルドを見つめ、バタバタと浴室の扉を叩いた。
「えっ、君もお風呂に入りたいの? 蝙蝠ってお湯が好きなのかな……。じゃあ、一緒に入ろうか」
浴室に入り、リルドが手桶で温かいお湯を優しくかけてあげると、蝙蝠は驚くこともなく、むしろ気持ちよさそうに目を細めた。湯船の縁に止まり、お腹までお湯に浸かった蝙蝠は、まるで温泉に浸かる熟練の冒険者のように「うぃー……」とでも言いたげな、至福の表情を浮かべている。
「あはは! なんだか『親父』さんみたいだよ、君」
リルドがクスクスと笑うと、蝙蝠も満足げに「キー!」と鳴いてニコニコと笑い返した。その光景を、脱衣所に残されたラッファードが、戸を突き破らんばかりの振動で呪い始めた。
『くそぅ!! 卑怯なり蝙蝠! 我も、我も一緒に入ってお湯の温もりを知りたいのだ! なぜ剣に風呂の権利がないのだ!!』
「だから、ラッファードは錆びちゃうでしょ! ほら、蝙蝠さんも言ってるよ」
「しゅいしゅい!」と蝙蝠が同意するように羽を振ると、ラッファードは絶望のあまり沈黙した。
お風呂上がり、リルドはふかふかのタオルで蝙蝠の体を丁寧に拭いてあげた。すっかり湯冷めして眠くなったのか、蝙蝠はリルドの胸元に潜り込んでくる。
「今日は疲れちゃったね。一緒に寝ようか」
ベッドに入ると、蝙蝠はリルドの腕の中にすっぽりと収まり、幸せそうな寝息を立て始めた。
『……くそぅ……。昨夜までは我が独占しておった「抱き枕」の座が……。リルドよ、お主という男は……。……我も、磨き粉で磨かれるより、お湯が……お湯が良かった……』
「(あはは、おやすみ、ラッファード。おやすみ、蝙蝠さん)」
月明かりが差し込む寝室で、嫉妬に燃える魔剣と、お湯を満喫した蝙蝠、そして優しい飼い主。
万年Fランク冒険者の日常は、新しい「お風呂仲間」を迎え、少し狭くなったベッドの上で、今日も温かく更けていく。




